2020年9月3日木曜日

末はどうでも お薬師さまよ せつぱ詰つた つないでお呉れ



願ひかけました
米山さまへ

縁をつないで
お呉れよとかけた

末はどうでも
お薬師さまよ

せつぱ詰つた
つないでお呉れ

帯で結んでも
切れる縁は切れる

どうせ米山も
お道楽薬師

切れるまでにも
つないでお呉れ

―野口雨情― 『道楽薬師』より

2020年9月2日水曜日

2020年9月1日火曜日

人がどう評価しようとも、 何をしたかかではなく、 何のためにそれをしたかが大切です。 悔いなくやり遂げることが大切だと思います。



人がどう評価しようとも、
何をしたかかではなく、
何のためにそれをしたかが大切です。
悔いなくやり遂げることが大切だと思います。

―映画『劔岳 点の記』より―

2020年8月31日月曜日

或は正保以前から「をぜ」の称があったかとも思われる、 けれども『会津風土記』以外には確たしかな記録がないのである


尾瀬の名は『会津風土記』に「小瀬峠 陸奥上野二州之界」または「小瀬沼 在会津郡伊南郷縦八里横三里」として載っているのが古書に見られる最初である。
この書は寛文六年に編纂されたもので、
これに先立つこと約二十年の『正保図』には、
「さかひ沼」と記してあるが「をぜ沼」とは書いてない。
或は正保以前から「をぜ」の称があったかとも思われる、
けれども『会津風土記』以外にはたしかな記録がないのである。

―木暮理太郎― 『尾瀬の昔と今』より

2020年8月30日日曜日

百合の宿座とよびかへて ふたたび空にあくがれむ



光はにほふ天の香を
慕ひしたひしたのしさに
薔薇の宮となづけつつ
めでにし星も墜ちてけり

こよひは清き愁ひより
うるほひひらく影見れば
百合の宿座とよびかへて
ふたたび空にあくがれむ

追懷深きかがやきぞ
迷ふわが身のたよりなる
さればよ照らせ荒磯に
また闇沈む墓かげに

―蒲原有明― 『かたみの星』

2020年8月29日土曜日

野生の菊花植物であることは確でも、 実物は何であるかを知り難いので、 専門家の研究に待つことにする



即ち『本草和名』及び『医心方』に従えばカハラオハギ、
『和名抄』はカハラヨモギ、
『新撰字鏡』はカラヨモギである。
狩谷棭斎は『箋注和名抄』にオハギはヨメナであると注しているが、
是等は原書を見れば孰れも菊の和名であって、
特に黄菊花に就ていえるものではないから、
野生の菊花植物であることは確でも、
実物は何であるかを知り難いので、
専門家の研究に待つことにする。

―木暮理太郎― 『マル及ムレについて』より

2020年8月28日金曜日

2020年8月27日木曜日

それは夏の午後のことで、 その日は南風気の風の無い日であった



それは夏の午後のことで、
その日は南風気の風の無い日であった。
白く燃える陽の下に、
草の葉も稲の葉も茗荷の葉も皆葉端を捲いて、
みょうに四辺がしんとなって見える中で、
きりぎりすのみが生のある者のようにあっちこっちで鳴いていた。

―田中貢太郎― 『雑木林の中』より

2020年8月26日水曜日

そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色



そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色、
いつぞや妹と植えたらば夜昼の境にまどろむ黄昏の女神の夢のようにほのぼのと咲いた。

―中勘助― 『折紙』より

2020年8月25日火曜日

ぐみの実、 草いちごの実、 おもひでがあまりに多い

 



いぬころぐさを活ける、
去年をすぐおもひだす、
おどり子草も咲いてゐる、
すぐまた一昨年のことをおもひだす。
……
ぐみの実、
草いちごの実、
おもひでがあまりに多い。

―種田山頭火― 『其中日記』より

2020年8月24日月曜日

びわの木のえだと、 青い実のなかで、 小鳥と、 びわと



――もういいの。
――まあだだよ。
びわの木のえだと、
青い実のなかで、
小鳥と、
びわと。

―金子みすず― 『もういいの』より

2020年8月23日日曜日

しょってゐるのはみな野葡萄の実にちがひありません



夕方です。
向ふの山は群青のごくおとなしい海鼠のやうによこになり、
耕平はせなかいっぱい荷物をしょって、
遠くの遠くのあくびのあたりの野原から、
だんだん帰って参ります。
しょってゐるのはみな野葡萄の実にちがひありません。
参ります、参ります。
日暮れの草をどしゃどしゃふんで、
もうすぐそこに来てゐます。
やって来ました。
お早う、お早う。

―宮沢賢治― 小説『葡萄水』より