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2017年5月12日金曜日

魚沼里山散策 鍬形城登山口

GWに実家の魚沼を訪れ、自宅裏の里山を散策してきました。

子どもの頃、しょっちゅう裏山に遊びに行っていたのですが、それから数十年経過し、山が掘削されてアスファルトの道路ができていたりして、山の光景が変わっていました。

子どもの時代に通った山道がなくなってしまったこともあり、山道での方向感覚がなくなり、グルグルと山の中をさまようことに。

山の奥のほうに、三国街道があると聞いていたので、三国街道にでて堀之内に下りることになってしまったのかも……と思ったのですが、なんのことはない、下りてみたらスタート地点に戻ってきていました。

2時間近く歩いたのに、元の場所に戻ってきたとは……。


まさに、きつねに化かされたような、お釈迦様の手のひらで遊ばされていたような不思議な気分になりました。

そんな、浦山散策の様子を写真と共にお伝えします。


十二大山神
十二大山神
登りはじめて、すぐのところに、十二大山神の石碑が!
いままで、全く気付きませんでした。

魚沼は十二山神が多く祀られているそうですが、すぐ近くにも祀られていてビックリ。

八海山信仰と十二山神社の関係性

里山入口
里山へと入る道です。千と千尋のワンシーンのようです。
以前は、道のわきに鯉を養殖している池がいくつもありましたが、いまは池はなくなっています。



左ショウジョウバカマ 右カタクリ
チャワンバナ

ゼンマイ



山には段々畑のあとがいくつも残っていました。
綺麗に田畑が作られていましたが、現在は雑草が多い茂り、田が放置されていることがわかります。


砂防ダムが何基も建設されていて、そのための工事用道路がとおっているので、歩きやすかったです。
山道と工事用道路が交差して、枝分かれした道が途中いくつもあったので、別の機会に道を辿ってみたいと思いました。


歩いているとき、突然ザザザザっと突風が吹き、バサバサと水滴が落ちてきたのでビビりました。
風の又三郎のようでしたよ。
通り雨かと思いましたが、木々についていた水滴が落ちてきたのでしょうね。


山には神様がいるという感じがわかるような気がした一瞬でした。




マムシ草
その後、一度、里山を降りて、夕刻別ルートに妹と一緒に足をはこんでみました。


我が家より、浦佐寄りにある山で、戦国時代、城があったということです。


上田長尾氏守りの城で、現在は秋葉神社が祀られています。


城山入口付近には、不動明王と明神様が祀られていて、写真にある「マムシ草」がいっぱい咲いていました。


今回は登山口を探すため、様子見できたのですが、妹は散策の血が騒いだのか、サンダルで山を登ろうとしました。


登山口に砂防ダムと沢があり、沢を越えなければいけないようですから、準備を整えて改めて登らせていただくことにしました。


途中、急な山道をコモにいっぱい山菜を積んだ、おばあさんが降りてきました。


おばあさんに、城山入口付近にある不動明王と明神様について質問したところ「お稲荷さんが祀られている」と教えてくださいました。


お不動さんと明神さんのほうかに、お稲荷さんもいらっしゃるのですね。


「山の上にはなにがありますか?」ときいたところ「ゼンマイ」との答えがかえってきました。


妹は、城があることを外部の人に悟られないように「何があるのか?」と聞かれたら、ゼンマイや蕨といった山菜があると答えるようにと、代々伝わっているのだろうと冗談まじりに言っていましたが、あながち、嘘ではないかもしれませんね。


見張りの城であったようですから、秘密裏にしていたのかもしれません。


私たちが子どものころは、この鍬形城がある山までは遊びに行っていいけれど、それより先には行ってはいけないと親から言われていました。


見張りの場であった、鍬形城ですが、やはり鍬形城の先は見晴らしが良くなり、地形が大きく変わる感じがあります。


場が変わる、手が行き届かなくなるということで、その先に出るなということで、親は申し伝えていたのでしょうね。


鍬形城への登山。草が伸びないうちに行ってみたいと思います。





2017年1月16日月曜日

八海山信仰と十二山神社の関係性 八海山のイラスト

Mt.Hakkaisan


こんにちは、魚沼工房さとうです。

今日のイラストは、大力山から望む「八海山」です。


先日「山の神の日はなぜ12日なのか?
この中で、魚沼地方に十二山神社が多く、その理由は八海山と八海山を訪れた修験者が関係していると書きました。

南魚沼地方に位置する「八海山」は、木曾御嶽信仰の霊山です。
「なんで、木曾御嶽?」と思われますよね。

それは!

八海山を開山したのが、木曾御嶽山を開山した普寛だからです。
八海山麓に住んでいた泰賢を弟子にして、一緒に八海山を開山したと言います。

808年に空海が登り、8つの池があったので八海山と名付けたという伝承もあります。

この八海山の本地仏は薬師如来ですが、木曾御嶽信仰の霊山ともされていて、
八海山大頭羅神王が鎮座する山としても信仰されています。

行者の活動にともない、八海山が霊山として人々の間に広まり、
山の麓にある神社も増えて行きます。

東洋大学ライフデザイン学部健康スポーツ学科、菊池章太教授の研究レポート「十二山ノ神の信仰と祖霊観」に、なぜ「十二」なのかという考察が書かれています。

十二山ノ神は薬師如来の眷属である十二神将や、熊野十二所権現と関係があるのではないか、という説があるそうです。ここに、行者や修験者たちが関わっているのではないかと、先生は推測されています。

八海山の本地仏は薬師如来。薬師如来の眷属は十二神将。
行者が八海山信仰を広めた。

そして、新潟県には十二山神社、十二神社が多い。


木曾御嶽山信仰では、霊神碑という石の石碑を建てる習俗があります。
亡くなった方の霊神碑を建立するのですが、この際、霊神号というものが与えられます。

八海山にも、この霊神碑が多く見られますよ。
霊神碑には、霊神名が刻まれていますが、建立者の氏名や出身地が彫り込まれていることがあるそうです。
建立者の出身地は様々で、新潟県以外の人や長岡市周辺や上越、新潟市という文字も見られます。
このことから、八海山信仰が、新潟県内外に広まっているということがわかります。

菊池先生は、自然災害の多い土地は、山ノ神を祀り、祭礼の際に唱えごとをしていたとおっしゃっています。
祭礼の際に、厄除けの呪言が目立っていて、そこに、修験者が関与しているのではないかというのです。

八海山信仰と十二山神社の流れ、関係性がありそうですね。

菊池先生は
「十二というのは具体的な数を意味するのではなく、むしろ極まった数の観念として神威の大きさを表しているようにも思える」と書かれています。

人々が昔から、自然を恐れ敬っていたことが、極まった数である十二という数字に表れているのかもしれませんね。

2017年1月13日金曜日

越後駒ヶ岳のイラスト 山の神の日はなぜ12日なのか?

越後駒ヶ岳

こんにちは、魚沼工房のさとうです。
いやぁ、ガッツリ雪が降りましたね。
先週の雪見展のときは、積雪がほとんどなかったのですが、ここ1日~2日で1m超えの積雪。ビックリです。

今日のイラストは、黒禿の頭ルートから望む「越後駒ヶ岳」です。
黒禿の頭ルートって……すごい名前ですよね。
黒禿の頭は魚沼市の旧小出町にある772mの山です。

さて、昨日は山の神の日でしたね。
12月12日も山の神の日ですが、1月12日も山の神の日。

山の神に関する記事はこちら。

12月12日は、山の神の日
大山祇神の元に送り返された磐長姫はどうしたのでしょうか?


その土地土地により、山の神の日が違っているようですね。

ただ「12日」という日にちがキーになっています。
なぜ、山の神の日は12日なのか?
「12」という数字にどのような意味があるのか?

じつは、昨日の記事で上田銀山について書いたのですが、銀山の採鉱がスタートした後、
採掘場付近に十二山神社が設けられたそうです。

ちなみに、樹海ラインから銀山に向かう途中、上折立付近にある十二山神社には、坑道で事故にあった方々の供養塔があるそうです。

この、十二山神社(もしくは、十二神社)は全国各地に存在しているようですが(600余)
そのうちの70%が新潟県に存在しているということです。
ちなみに、新潟県は日本で一番、神社の数が多い県です。

新潟県でもとくに、魚沼地方に十二山神社は多く存在していると言います。
近世になって合併などで名前は変わったけれど、元は十二山神社だったという神社もあるそうです。
明神社、権現社、諏訪神社に合祀されたようですね。

十二山神社は「山」の文字がつくことからもわかるように、山の神を祀っています。
十二山神社が存在する場所も、山の麓がほとんどです。

ではなぜ、十二という数字がでてくるのか?

岩手県九戸郡山形村には「山の神は女性で、一年に十二の子を産む」という伝承が残っています。
この、子どもを産む日が毎月12日と決まっているといいます。

山の神が出産する日が「12日」であるため、狩猟をおこなうマタギの人たちは
12日を山の神の日として、信奉し入山を禁止していたそうです。

12月12日は、一年のうちの「しまいの山の日」。
 1月12日は、一年のうちの「はじまりの山の日」として、山の神の日のなかでも、神聖な日なのです。
山小屋などで十二人が座すのはよくないとして、木の人形を作って山中の祠に置いておくという風習もあるようですよ。

1月12日は、山の神に12個の餅を備えるそうです。
ただし、おさがりの餅を女性は食べてはいけないと言います。
子どもが授からなかったり、不作になったりするからだそうです。
その日(12日)以外に、食べると多産や豊作に恵まれるそうですよ♪

しかしなぜ「12」という数字が神聖な日とされたのでしょうか?

一年十二カ月、十二支、十二神将……。

魚沼地方で十二山神社が多い理由としては、八海山と八海山を訪れた修験者が関係しているようですよ。
山の神の日が12日というのも、修験者に関係があるようです。

長くなったので、今日はここまで(話を引っ張るよぉ~♪)続きは後日。


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