2017年12月23日土曜日

Souma nomaoi



OMATURI NAVIさんというサイトがありました。
日本の祭りについて、日本語と英語で紹介しているわかりやすいサイトです。

以下は「祭ナビ」さんのサイトで紹介されてる「相馬野馬追い」の説明。

『Soumanomaoi is said to be originated from the training which Masakado Taira released the wild horse and pretend it to be enemy. You can experience gorgeous and heroic Sengoku picture scroll which around five hundreds warriors who are on horseback fortified with armor wearing sword on the waist and flag on the back, run at full speed.』


祭りは、地域性があるものですから、説明が難しいと思います。
日本人ならなんとなく「あー。うんうん」と理解できると思うのですが(忖度)
海外の方に説明するとなると、どう説明したらいいか??となります。
そもそも、英語が話せない書けない(私)状態だと、ますますハードルが高くなります。
祭ナビ」さんはわかりやすく書かれているので、海外の方に祭りを説明するのにピッタリだと思います。


2018年夏。
相馬野馬追いを観覧したい方は、執行委員会にお問い合わせを♪


2017年11月23日木曜日

12月3日ほくほく列車の市開催!



一年とは早いもので……。
明日は、ほくほく列車の市開催です!
こちらの記事から一年経ちますねぇ。

ということで、今年もほくほく列車の市が12月3日に開催されます。

12月3日(日)はナナシのマルシェ列車の市!

人気のパン屋さんを乗せたパン列車が、十日町をスタートに南魚沼市の六日町駅から上越市のくびき駅まで運行します。
十日町駅では、午前9時から手作り品などのマルシェを開催します(午前9時〜午後2時)

パン列車停車駅の着・発時刻

十日町駅:午前8時57分着、9時53分発(56分停車)
六日町駅:午前10時6分着、10時47分発(41分停車)
虫川大杉駅:午前11時21分着、午後0時2分発(41分停車)
くびき駅:午後0時10分着、午後0時51分発(41分停車)
まつだい駅:午後1時16分着、午後2時10分発(54分停車)
六日町駅:午後2時33分終着
※乗車には乗車券、ホーム入場には入場券が必要
ナナシのマルシェさんHPより】

ほくほく線の列車内がまるごとパン屋さんになります。
毎回大人気でパンはすぐに売り切れちゃうのでお早めの乗車をおすすめします。

十日町駅のコンコースでも、こだわりのコーヒー屋さんの集合出店、
手作り品の販売が行われているので、十日町駅にもお越しくださいね。

魚沼工房は十日町駅コンコース
「エンジェライト」のブースでの販売を行っております。
2018年のカレンダーをおけたらいいのですが……間に合うかな?

コンコース内はちょっと冷えるので、温かくしてお越しくださいね♪
お待ちしております!(^^)!

相馬野馬追いのイラスト


相馬野馬追いのイラストです。

原画はA3程のスケッチブックなのですが、我家のスキャナーが最大A4サイズしかスキャンできないため、2回にわけてスキャンしました。

スキャンした画像を合体させるとき、画像はピッタリと重ならずどうしてもズレがでます。

同じ1枚の絵なのに、2枚にわけると2枚の色調も微妙に変わります。

2枚を重ねると色の違い、ズレなどがあり、重ねた部分がどこかわかる状態になります。

これを、どうしようか?と以前から悩んでいました。

過去記事「瞽女のイラスト」では、見事なツギハギ画像をアップしております(汗)

それから月日が過ぎ……スキャン画像の処理について調べなかったわけですが(汗)

このたび、調べて改善しました!

Adobe社のPhotoshopを使っての作業となりますが。
フォトショップ素人の私が、頑張っている様子をお伝えさせていただこうと思います。

【分割スキャンした画像を継ぎ目なくきれいにする方法】

・スキャン⇒Canonプリンター
・使用ソフト⇒Adobe PhotoshopCS5

相馬野馬追いのイラストを2回にわけてスキャンしています。

2枚を1枚に重ね合わせた状態です。継ぎ目の部分の色が違っているので、継ぎ目がわかります。

【継ぎ目を分からなくする方法は、レイヤーの自動合成】

レイヤーの自動合成をおこなうと、継ぎ目が分からなくなるとのこと。
早速やってみましょう!

2つの画像レイヤーを選択します
【編集】→【レイヤーを自動合成】を選択します。

【画像をスタック】をクリック。処理が開始されます。

処理終了です。継ぎ目がわからなくなっています。


いかがでしたでしょうか?

フォトショップの能力のすごさをあらためて知りました♪
フォトショップの【レイヤーを自動合成】を使って、つぎはぎ画像を修正して再アップしたいと思っております。

2017年7月4日火曜日

相馬野馬追いのイラスト






相馬野馬追は、福島県相馬市で行われる祭礼です。

2017年の開催日は……。

7月29日(土)、30日(日)、31日(月)の3日間です。

30日の野馬追いを祭場地で観覧できる、観覧席券が発売されているようですが、
詳細は、相馬野馬追執行委員会公式ページでご確認ください。


祭礼1日目は相馬中村神社、相馬太田神社、相馬小高神社の各妙見神社で出陣式が行われ、総大将をお迎えの儀式を終えたあと、南相馬市の雲雀ヶ原祭場地に向かいます。
その後、祭場で騎馬武者たちが古式馬具をつけて、馬場を走る「宵乗り競馬」が開催されます。


祭礼2日目は、相馬野馬追いのハイライト。
騎馬総勢500騎ほどが、祭場地へと向かう「お行列」が行われ、祭場地に到着後いよいよ「甲冑競馬」が開催されます。
そして、クライマックスの「神旗争奪戦」開催。2本の御神旗を、数百の騎馬群が奪い合います。

祭礼3日目は、神のおぼしめしにかなう馬をとらえて、奉納する神事。
騎馬武者が小高神社境内に馬を追い込み、御小人と呼ばれる若者たちが素手で馬をとらえます。

ざっくりですが、相馬野馬追いの流れについて書かせていただきました。
相馬馬追いを描いた、とよじいイラストがまだまだあるので、お祭りとともに紹介させていただこうと思っております。



2017年7月3日月曜日

何れ菖蒲(アヤメ)か杜若(カキツバタ)






何れ菖蒲(アヤメ)か杜若(カキツバタ)。
五月雨に 沢辺の真薦 水越えて いづれ菖蒲と 引きぞ煩ふ

「太平記」の中にある記述で、源頼政が鵺(ぬえ)を退治した褒美に、鳥羽院から菖蒲(あやめ)前という美女を賜るとき、十二人の美女の中から選び出すように言われ、美人揃いだったため選びかねて詠んだ歌といわれています。

近衛天皇在位のとき、毎晩、丑の刻(午前2時)に御殿の屋根を黒雲が覆うという出来事が起こった。警護をまかされた源頼政は、雲の中に怪しい影があるのに気付き矢を放ったところ、頭が猿、胴が狸、手足が虎、尾が蛇という怪物が落ちてきた。これを退治した源頼政は、獅子王という御剣を天皇から賜ったという。

源頼政は源義朝について戦い、その後、義朝が起こした平治の乱では平清盛の味方となり、平家の横暴をみかねて平家を打つために挙兵しようとしますが、事前に発覚し、平等院で自害しました。

アヤメかカキツバタか、迷い迷われての人生だったのでしょうか?
それとも、知っていて、迷ったふりをして、世の流れに乗って動いたのか。
75歳以上生きた方のようですから、後者かもしれませんね。

さて、アヤメとカキツバタとショウブの見分け方ポイントは、生えているところが違うということ。

アヤメは乾いたところ。

カキツバタは水辺。

ショウブは湿地。

もう一つは、花の中央にある筋の色。

アヤメは黄色と紫の縞目模様。

カキツバタは白いすじ。

ショウブは黄色いすじ。

あとは、葉っぱの形が、アヤメが細くて平ら。カキツバタが幅広く平ら。ショウブは葉っぱの中央に太い筋があります。


ということで。とよじいのイラストがアヤメかカキツバタかショウブかわかりませんでしたが(汗)。
真ん中に白い線があるので、カキツバタかなということで。
違っていたら、教えてください(*^_^*)

2017年5月30日火曜日

クラフト加工用アンティーク風イラスト ニリンソウのイラスト






今日のイラストは、ニリンソウです。アンティーク風に加工してみました。

文字が反転しているのは、タトゥーシール用に作ったからです。

タトゥーシールは、肌に貼れる透明シール。

お祭りのときや、スポーツの応援などのときに、顔や腕、足などにプリントアウトしたものを貼り付けて使います。

洗えば落ちる、1回のみのタトゥーなので、気軽に楽しむことができます。

このタトゥーシールに印刷したものを、空き瓶や空き缶(表面が平らなもの)に貼り付けて、上からニスなどを塗って保護すると、アンティーク風の花瓶や置物などがつくれます。

瓶や缶だけではなく、紙や木にも貼れるので、いろいろ活用できるのではないでしょうか。

1点気を付けていただきたいのが、このタトゥーシール、プリンターによっては途中で引っ掛かることがあるということ。

糊がついているせいか、トレー式のプリンターにセットすると、背面の巻き込み口あたりで引っ掛かってしまうのです。

手差しだと大丈夫っぽいので、手差し機能がある場合、そちらでプリントアウトしてみてください。


2017年5月12日金曜日

魚沼里山散策 鍬形城登山口

GWに実家の魚沼を訪れ、自宅裏の里山を散策してきました。

子どもの頃、しょっちゅう裏山に遊びに行っていたのですが、それから数十年経過し、山が掘削されてアスファルトの道路ができていたりして、山の光景が変わっていました。

子どもの時代に通った山道がなくなってしまったこともあり、山道での方向感覚がなくなり、グルグルと山の中をさまようことに。

山の奥のほうに、三国街道があると聞いていたので、三国街道にでて堀之内に下りることになってしまったのかも……と思ったのですが、なんのことはない、下りてみたらスタート地点に戻ってきていました。

2時間近く歩いたのに、元の場所に戻ってきたとは……。


まさに、きつねに化かされたような、お釈迦様の手のひらで遊ばされていたような不思議な気分になりました。

そんな、浦山散策の様子を写真と共にお伝えします。


十二大山神
十二大山神
登りはじめて、すぐのところに、十二大山神の石碑が!
いままで、全く気付きませんでした。

魚沼は十二山神が多く祀られているそうですが、すぐ近くにも祀られていてビックリ。

八海山信仰と十二山神社の関係性

里山入口
里山へと入る道です。千と千尋のワンシーンのようです。
以前は、道のわきに鯉を養殖している池がいくつもありましたが、いまは池はなくなっています。



左ショウジョウバカマ 右カタクリ
チャワンバナ

ゼンマイ



山には段々畑のあとがいくつも残っていました。
綺麗に田畑が作られていましたが、現在は雑草が多い茂り、田が放置されていることがわかります。


砂防ダムが何基も建設されていて、そのための工事用道路がとおっているので、歩きやすかったです。
山道と工事用道路が交差して、枝分かれした道が途中いくつもあったので、別の機会に道を辿ってみたいと思いました。


歩いているとき、突然ザザザザっと突風が吹き、バサバサと水滴が落ちてきたのでビビりました。
風の又三郎のようでしたよ。
通り雨かと思いましたが、木々についていた水滴が落ちてきたのでしょうね。


山には神様がいるという感じがわかるような気がした一瞬でした。




マムシ草
その後、一度、里山を降りて、夕刻別ルートに妹と一緒に足をはこんでみました。


我が家より、浦佐寄りにある山で、戦国時代、城があったということです。


上田長尾氏守りの城で、現在は秋葉神社が祀られています。


城山入口付近には、不動明王と明神様が祀られていて、写真にある「マムシ草」がいっぱい咲いていました。


今回は登山口を探すため、様子見できたのですが、妹は散策の血が騒いだのか、サンダルで山を登ろうとしました。


登山口に砂防ダムと沢があり、沢を越えなければいけないようですから、準備を整えて改めて登らせていただくことにしました。


途中、急な山道をコモにいっぱい山菜を積んだ、おばあさんが降りてきました。


おばあさんに、城山入口付近にある不動明王と明神様について質問したところ「お稲荷さんが祀られている」と教えてくださいました。


お不動さんと明神さんのほうかに、お稲荷さんもいらっしゃるのですね。


「山の上にはなにがありますか?」ときいたところ「ゼンマイ」との答えがかえってきました。


妹は、城があることを外部の人に悟られないように「何があるのか?」と聞かれたら、ゼンマイや蕨といった山菜があると答えるようにと、代々伝わっているのだろうと冗談まじりに言っていましたが、あながち、嘘ではないかもしれませんね。


見張りの城であったようですから、秘密裏にしていたのかもしれません。


私たちが子どものころは、この鍬形城がある山までは遊びに行っていいけれど、それより先には行ってはいけないと親から言われていました。


見張りの場であった、鍬形城ですが、やはり鍬形城の先は見晴らしが良くなり、地形が大きく変わる感じがあります。


場が変わる、手が行き届かなくなるということで、その先に出るなということで、親は申し伝えていたのでしょうね。


鍬形城への登山。草が伸びないうちに行ってみたいと思います。





2017年5月11日木曜日

佐渡島のイラスト 願(ねがい)集落






今日のイラストは佐渡島「願(ねがい)」集落です。

願は二つ亀と大野亀に挟まれている集落で、先日紹介した賽の河原がある場所です。

佐渡島 賽の河原

願集落から二つ亀へと向かう遊歩道の途中に、賽の河原があります。

賽の河原と「願」という名の地名が、マッチしているようでマッチしていないような、不思議な感じです。

願をポジティブで希望的な言葉として考えると、
あの世とこの世を結ぶ三途の川の河岸である賽の河原で願うのは
合わないような気もしますが……。

自分のための願いではなく、人を思っての願い……。

亡くなった人や家族が、三途の川の向こうで幸せに過ごして欲しいという願いと考えると、願という地名と賽の河原がしっくりくるように思います。

賽の河原には、子ども地蔵がたくさん置かれているのですが、親が子を思って置かれたのでしょうね。

彼岸では子が親を思い石を積む。此岸では親が子を思い地蔵を置く。

それぞれの願いが交差する河岸が賽の河原なのでしょう。


「願」という地名の由来は、大野亀に願掛けをすると、願いがかなうということから来ているそうです。

どのような願掛けをするのか。

賽の河原という場所ですから、亡き人の幸福を思っての願いが多いのでしょうね。

ちなみに、願集落には佐渡西国三十三観音の二十三番「施願観音」があります。

1東強清水~2逢田観音~3河内観音~4観音寺~5帰郷観音~6六句観音~7斉藤観音~8宿根木~9小太観音~10子安観音~11横山観音~12豊田観音~13新町観音~14三宮観音~15下新穂~16阿弥陀堂~17火伏観音~18円慶堂~19吾潟観音~20久知河内~21白瀬観音~22見立観音~23施願観音~24岩谷観音~25入川観音~26千佛堂~27波切観音~28下戸観音~29治門観音~30知空堂~31石田観音~32本屋敷~33堂林観音

番外─光善寺、稲葉堂、大浦観音、田中観音
本部─れんげ寺

となっております。

西国巡りは人気ですよねぇ。
浦佐毘沙門堂の後ろの山にも西国三十三番観音巡りありました。

>>浦佐毘沙門堂裸押合祭り

誰かを思って願う、日本人の優しさを感じる地名ですね。




2017年5月10日水曜日

佐渡島のイラスト 賽の河原




今日のイラストは、とよじいの佐渡島紀行「賽の河原」です。
 
佐渡島の賽の河原は、両津港から車で1時間ほど移動した、佐渡島の北西の突端近く、大野亀と二ツ亀という景勝地に挟まれた海食洞穴の中にあります。

近くに「願(ねがい)」という集落があり、願から海岸線に沿って遊歩道を歩いて1kmほど進むと、海食洞穴が見えてきます。

海に向かってポッカリと開いた穴の中には、複数のお地蔵様がおられて、海辺の石を積み上げた石積みがいくつも……。

賽の河原というのは、あの世(彼岸)とこの世(此岸)の間にあるとされる三途の川の河原のことをいいます。賽の河原では、親よりも先に亡くなった子どもが、親不孝の報いを受ける場所とされています。

親を悲しませた罪で、親の供養のために、石を積み塔を完成させなければいけませんが、石を積み上げると鬼がきて塔を破壊していく。また、子どもが石を積むと、鬼がきて塔を崩す、その繰り返しが親が三途の川に来るまで続きます。

ひとつ積んでは父のため

ふたつ積んでは母のため

みっつ積んでは故郷の兄弟わが身と回向して

ここで、子どもを救済に来てくれるのが、お地蔵様(地蔵菩薩)ということで、亡くなった子どものために、お地蔵様が置かれているのです。

お地蔵様は、六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人道、天道)すべての世界に現れて、人々を救う菩薩様であると言われています。

地獄の閻魔大魔王と地蔵菩薩が同一の存在であるという説もあります。

日本では、地獄の責め苦からお地蔵様が救済してくれるということで、地蔵信仰が広まり、賽の河原で鬼に苦しめられる子どもをお地蔵様が守ってくれるというので、子どもの供養においてもお地蔵様は人気でした。

「賽の河原地蔵和讃」というものがあります。
ひとつ積んでは父のため、ふたつ積んでは母のため……というフレーズです。

賽の河原で石を積む子どもの様子を謳ったものですが、
この和讃の最後に、鬼にいじめられ父母を偲んで泣いている子どもの前にお地蔵様が現れて、子どもを抱きかかえるというシーンが描かれています。

我を冥土の父母と思うて明け暮れ頼めよと
幼き者を御衣のもすその内にかき入れて
哀れみたまうぞ有難き

佐渡島の賽の河原のお地蔵様の像も赤ちゃんを抱きかかえ、お地蔵様の足元に子どもたちが抱っこをせがむように手を伸ばしている姿となっております。
 
賽の河原は佐渡島だけではなく、日本各地に存在していいます。有名なのが青森県の恐山ですが、もともとは京都の鴨川と桂川の合流する「佐比の河原」に由来するようです。

地蔵信仰と「賽(さえ)の神」がミックスしたもの、という説もあるようです。

賽の河原やお地蔵様と閻魔様の関係などは、地獄の様子をコミカルに描いた漫画「鬼灯の冷徹」に詳しく載っているので、よかったら読んでみてください。
笑いながら、地獄極楽この世の仕組みが学べますよ♪

さて、佐渡島の賽の河原ですが、地元では2月の寒念仏にお参りをしているそうです。
そして「賽の河原にあるものは持ち出してはいけない」というルールがあります。

石、お供えなど「持ち帰る」と災いが起こると言われていますので、ご留意を。

2017年5月9日火曜日

2017年5月7日日曜日

佐渡島のイラスト 達者海岸





今日のイラストは、とよじいの佐渡紀行スケッチブックから、佐渡の達者海岸です。

達者海岸は佐渡で有名な「尖閣湾」の一部にある海岸で、透明度に優れた海で、海水浴場としても人気のスポットです。

この「達者」という名前のいわれは「安寿と厨子王」の伝説からきています。

「安寿と厨子王」は、中世の浄瑠璃の演目として演じられていた物語で、各地で民話化しています。

森鴎外の小説「山椒太夫」でも有名です。


貴族の姉弟、安寿姫と厨子王は、他者に騙され都落ちした父を訪ねゆくが、途中人買いに騙されて、同行していた母と離れ離れになってしまう。

人買いにより姉妹は宮崎に、母は佐渡へと売り渡される。

~略~ 

紆余曲折あり、復讐を果たした厨子王は母を訪ね佐渡へと向かうと、海辺で鳥追い歌を歌う年老いた瞽女(ごぜ)に出会う。

「安寿恋しやホゥヤレホ。厨子王恋しやホゥヤレホ」

その歌を聞き、厨子王は瞽女が母であると気づき、駆け寄りすがりついた。
厨子王が近くの清水で母の目を洗うと、目が見えるようになり、母子は再び抱き合ったという。


この、厨子王と母の再会の地が「達者」であり、お互いが「達者」であったことを喜んだということから、達者海岸という名前がついたのだそうです。

母の目を治したという湧き水を祀る「目洗い地蔵」が今も残っています。

【達者海岸】
場所:佐渡市達者
アクセス:両津港から車で約60分。バス⇒尖閣湾達者から徒歩5分。

【達者海水浴場】

駐車場:20台(無料)
※更衣室、温水シャワーなどの設備はありますが、浜茶屋は出ていないようです

佐渡地域観光交流ネットワークさんで、ガイドが案内してくれる「さどさんぽコース」が企画されています。
3日前までに申し込みをすれば参加可能です♪

達者海岸から目洗い地蔵、厨子王と母の再会場所「おお坂」やクシキという竜が住んでいた「山門洞クシキ」などを案内していただけます。

地元の案内人ならではの、コアなスポットやためになる佐渡話が聞けますよ。

佐渡地域観光交流ネットワーク
さどさんぽコース「達者」。

※さどさんぽは達者のほか、岩谷口、関など8コース用意されています。
問い合わせは、一般社団法人佐渡地域観光交流ネットワークまで。

【一般社団法人佐渡地域観光交流ネットワーク】
住所:新潟県佐渡市河原田本町394番地 佐和田行政サービスセンター2階
電話:0259-67-7995

2017年5月6日土曜日

佐渡島のイラスト 七浦海岸


今日のイラストは、とよじいの佐渡紀行スケッチブックから、佐渡相川の七浦海岸です。

いかつり船を描いています。船の上に、のれんのように楕円形のものが吊るされていますが、これは、イカを呼び寄せるための灯り(ランプ)漁火です。

イカ釣り船の漁火は、宇宙からもくっきり見えるほどの明るさだと言います。

七浦海岸は漁火の絶景ポイントで、佐渡相川地区の鹿伏から二見までの7つの集落をまたぐ、10kmにおよぶ海岸線です。

隆起に富んだ海岸で、深く突き出た岬「橘の長手岬」

二つの岩が並ぶ「高瀬の夫婦岩」

縄文時代の住居になっていた洞窟

相川の町並みが一望できる「春日崎」

大きな石灯籠や断崖に刻まれた摩崖仏など、見どころ満載の海岸。

夕暮れ時になると、独特の形をした岩の影が海にうつり、紫紅の空とマッチして、美しい情景が奏でられます。

潮風を受けながら海岸線を散策し、夕日を眺めて、漁火に癒やされる。

一日の海の移り変わりを堪能できる佐渡、外海府の旅。いかがでしょう?

参考:さど観光ナビ 夫婦岩


2017年5月5日金曜日

佐渡島のイラスト 大間港の近代産業遺産



今日のイラストは、とよじいの佐渡紀行スケッチブックから、佐渡相川の大間港の風景です。

スケッチの日付は、昭和53年5月4日。ですが、スケッチブックの他のイラストの日付は83年とあるので、
昭和58年の間違いだと思います。1983年と昭和53がゴチャゴチャになって、53と書いたのでしょう。

いまから、34年前の5月GWの佐渡の風景です。

大間港は相川の市街地にあり、明治時代には佐渡金山から産出される、金や銅などの搬出が盛んに行われてた港です。

イラスト左側にみられる、白い塔のような建物はクレーンの台座です。その奥にもう一つ見える白いものが、ローダー橋と思われます。

ローダー橋は、荷物を運ぶクレーンやトロッコが通った橋の事です。

イラスト右側の赤い建物は、赤レンガ倉庫。

これらの建物は明治時代に建てられたもので、現在は使われておりませんが、近代産業遺産として見ごたえがあります。

廃墟好きな方とか、ノスタルジックな雰囲気がお好きな方にはぜひ訪れて欲しいスポット。

見どころのひとつとして、大間町の護岸は「たたき工法」の創始者である服部長七が指導して作られています(明治25年、1892年完成)。

たたき工法は、土砂と消石灰を混ぜて水で練った「たたき」と石柱を組み合わせた技術。
コンクリートが普及するまで使われていました。

近年だと、鉄腕ダッシュの防波堤で「たたき」が、使用されました(違うか……)

この、たたき工法による護岸やクレーン台座はいまでも残っているので、質感などをチェックしてみてください。

さど観光ナビに大間港の写真が掲載されているので、現在の大間港の様子をご覧になってみてください。

参考URL:さど観光ナビ~大間港


2017年5月4日木曜日

佐渡島のイラスト 千畳敷ワカメ採り




今日のイラストは、トヨジイの佐渡紀行スケッチブックより、千畳敷のワカメ採りのワンシーンです。

イラストの日付が「83」となっているので、昭和58年の旅行記ですね。

佐渡の千畳敷は佐渡の外海府にあります。
 相川町市街地の北端、下相川の海岸にある岩礁で、畳千畳ほどの広さを持つ、平らな形の岩場が続くことから、千畳敷と呼ばれています。

千畳敷を見るための橋が2本、観月橋(第一・第二)がかかっています。
橋の上から見る、月が美しいのでしょうね。

とき選書出版の書籍「佐渡を歩いて イギリス人のひとり旅」アンガス・ウェイコット著に、ワカメ採りがどんなものか、様子が見えてくる文章を見つけたので、引用させていただきたいと思います。

ただし、文章で描かれている場所は、千畳敷ではなく、もうすこし北の平根崎のようです。

誰かが歌う声が聞こえたので、私は道路から脇にそれて大きな岩陰の狭い砂れきの浜に下りてみた。

黒っぽいズボンに紺のシャツ、袖なしのウールの上着を着た小柄なおばあさんが、ゆっくりとした動作で、磯で海藻を集めていた。

左手には、キラキラ陽に輝く長い褐色のリボンのようなものをひと束抱えており、右手には短い鎌を固定した長い竹竿を持っている。

彼女はあちらこちらと海水にバシャバシャ分け入り、竿を伸ばしては海底の藻を刈り取り、すでに取り集めた束に加える。

仕事をしながら彼女は、奇妙な節のない唄、それも同じ節まわしを繰り返し口ずさむ。
 佐渡に伝わる古い仕事唄の一つだ。

 本に描かれた、おばあさんは長岡の生まれで、少女の頃に家族と別れて佐渡に来たそうです。

家を出るとき、家族がみな戸口に並んで見送ってくれたときのことが、今も目に浮かぶ、母と妹たちは、またいつ会えるかと泣いていたという。

著者とおばあさんの会話はしばらく続き、佐渡と長岡の積雪量の違いなどを語り合っています。

おばあさんの写真も本に乗っているので、よかったら読んでみてください。
イギリス人である著者の優しい情感たっぷりの視点で佐渡を巡る旅が描かれています。



2017年5月3日水曜日

佐渡鬼太鼓のイラストでつくったポチ袋


佐渡の鬼太鼓のイラストを使って、ポチ袋を作ってみました。

プリントアウトしてカット、のりで貼り付けるとポチ袋ができます♪

私の実家(トヨジイの住み家)や今の嫁ぎ先では、お祭りの際に「ご祝儀」をご祝儀袋に入れてお渡しするので「ご祝儀」と書いたのですが、ポチ袋ではご祝儀は渡さないですよね(汗)

水引のついている、祝儀袋で渡しますよね。

原寸サイズはA4半分くらいなのですが、拡大してプリントアウトしてご祝儀袋サイズにしてください。

画面向かって左の白い□部分は、お名前を書いていただければと思います。


日本のお祭りというのは、農耕に合わせた時期に行われるものが多いと思います。


春の田植え前⇒農耕の無事を願う。
秋の稲刈り前⇒収穫を願う、収穫への感謝。


農耕の神が春に山から下りてきて、稲作が終わると山に帰る。


その神様をお迎えする儀式と、感謝をしてお見送りをする儀式が春祭り秋祭りであるように感じます。


余談ですが……。
神様のお使い主がキツネとされていますが、稲の神様のお使いのキツネと仏教の神・荼枳尼天が乗っているキツネとがゴチャゴチャになって稲荷信仰が広まっています。


稲荷神は五穀をつかさどる「ウカノミタマ」で、ウカノミタマのお使いは白いキツネです。
荼枳尼天も白いキツネに乗っているので、余計混乱しているわけです。


話を戻しますね。


佐渡の鬼太鼓は、五穀豊穣・家内安全の祈願を結びつけた田楽から始まったといわれています。
田んぼに憑く悪霊を、鬼の踊りで祓うという意味があります。


鬼太鼓の舞も、佐渡各地で異なっていて、勇ましい舞もあれば、雅な舞もあり、翁が登場して豆を撒くものもあります。


それぞれの舞で、悪霊を田や里から追いだします。


能や狂言の舞にも、悪霊を祓う、追いやる、場違いであると気づかせる意味が込められているものがあるようです。


踊りを舞うことは、見る者を楽しませているだけではなく、見えない者への警告の意味もあるのでしょう。


また、見る側の喜びや楽しいという陽の気が、陰の気を押しやるということでもあるのでしょうね。


佐渡は能も盛んな地域です。


外海府からの悪霊の侵入を防ぐということで、鬼太鼓や能が守りの役目をしてくれているのかもしれませんね。

2017年5月2日火曜日

ゼンマイもみ



ゼンマイを揉んでいるトヨジイの写真です。
干しゼンマイを作ります。

ゼンマイ(薇)は、シダ植物で、若芽を食用としています。
土から顔を出したときは、葉っぱがカタツムリの殻のようにぐるぐると巻かれた状態。

グルグルに巻かれている葉は、ワタ状の繊維で覆われていますが、ゼンマイが成長していくと、ワタが落ちて葉が広がります。

ワタが葉を守っているのでしょうね。
ワタがとれて葉が開いてしまったものは食用に向きません。
昔は、このワタを集めて、真綿と混ぜ込んで紡いでいたそうです。

ゼンマイは「男ぜんまい」と「女ぜんまい」があり、ワタの中の葉が丸く膨らんでいるのが男ぜんまいで、ぺったんこが女ゼンマイ。

どちらも食用として食べられますが……男ゼンマイは採りません。
子どもの頃、男ゼンマイを採って、トヨジイに怒られました。

男ゼンマイを採ると、ゼンマイが再生しないので採ってはダメなのだそうです。
あと、女ゼンマイのほうが美味しいそうです。

ゼンマイが食べられるまでになるようには、何工程もの手間が必要となります。
ワタをとって、茹でて、水をきって、ムシロに広げて天日干しします。
写真は天日干ししているゼンマイを手でグルグルともんでいる様子。

手もみを日になんどか繰り返し、乾燥するまでゼンマイを干します。
手もみをするのは、乾燥したときにゼンマイが折れてしまうから。

食べるときは、水にいれて茹でてもどして使います。
山菜は食物繊維豊富でお通じにも良いと言われています。

山の恵みに感謝ですね。

佐渡島 鬼太鼓のイラスト


今日のイラストは、佐渡島を代表する伝統芸能「鬼太鼓」のラフ画です。
「おにだいこ」ではなく「おんでこ」と読みます。

鬼太鼓は佐渡島の各地区で様々な形式があり、約120地区で鬼太鼓が伝えられていると言われています。

いくつか流派があり、一対の鬼が躍るものや、鬼がいない鬼太鼓(豆まき流)など形が違い、それぞれ見どころがあります。

4月になると、各集落で祭りが開催され、鬼太鼓が披露されます。

「え? 4月開催なの?」

5月の連休、GWが明日からスタートしますので、このお休みに鬼太鼓を見に行こう!
と思われたかもしれませんよね(私もです)。

鬼太鼓は4月披露がピークのようです(汗)が!

両津の若宮さん「八幡若宮社例大祭」が、5月5日に開催され、そちらで鬼太鼓が披露されます!
大祭「湊祭り」では鬼太鼓のほか。獅子、神輿、芸山車が繰り出し、見どころ満載です。

ちなみに、佐渡は能も盛んな地域で、世阿弥とも縁がある島です。
各地に能舞台が点在しており、春から夏にかけては薪能が開催されます。

5月6日には両津薪能が行われるので「八幡若宮社例大祭」と一緒に見学されてみてはいかがでしょうか?

話しを、鬼太鼓に戻しますね。

鬼太鼓の鬼は雄雌があり、舞の形が違います。また、面の形や衣装や髪の毛の色も違っています。

仁王様や狛犬と同じように、口が「あ」「うん」の形で異なります。

雄⇒「吽 うん」 口を閉じうる。
雌⇒「阿 あ」 口を開けている。

面の色は、雄が黒で雌が赤。
髪の毛(舎熊 しゃぐま)は、雄が黒で雌が白系。
衣装の上着が雄が紫などで、雌が赤系。

面は憤怒の業に見えるので、雄雌どちも雄に見えますが。
あ、でも。鬼女というだけあるから、どっちも雌に見える……が正しいのかな?

佐渡の鬼太鼓は歴史深く、由縁もあり、興味深い伝統芸能です。
GWに開催されるイベントなどについて、以下に記載させていただきます。

よろしければ是非、佐渡に足を運んでみてくださいね♪


【八幡若宮社例大祭 湊祭り】
開催日:5月5日
開催地:佐渡市両津湊213(八幡若宮神社)
アクセス:両津港から車で約1分
※鬼太鼓、神輿、芸山車など猟師町の雰囲気あふれる例祭。


【天領佐渡両津薪能】
開催日:5月6日 19:30から
開催地:佐渡市原黒724(椎崎諏訪神社能舞台)
アクセス:両津港から車で約5分
料 金:1,000円(運営協力金として)
演 目:羽衣~盤渉~

※薪能ライナーバスが運行されます(佐和田BS~金井~椎崎諏訪神社)
ライナーバスを利用する場合は、前日の17時までに「新潟交通佐渡」へお申込みください。
新潟交通佐渡 TEL:0259-52-3200 乗車運賃500円


【鼓童 佐渡宿根木公演2017】
佐渡発のパフォーマンス集団「鼓童」が、佐渡「宿根木」で、連続公演を開催中です。

開催日:4月29日~5月6日 11:00~,14:30~
開催地:佐渡市宿根木(宿根木公会堂)
アクセス:小木港から車で約10分
料 金:3,500円(中学生以上)1,500(4歳~小学生) ※当日は300円プラス


【佐渡國鬼太鼓どっとこむ】
佐渡の伝統芸能が一堂に会するイベント。地元特産品の販売もあります。

開催日:5月28日
開催地:佐渡両津湊 おんでこドーム
アクセス:両津湊より車で約1分

2017年4月30日日曜日

米山講について 米山の石仏のイラスト 






今日のイラストは、柏崎市にある米山の下牧林道コースにある石仏です。

米山は新潟県柏崎市にある標高993mの山です。
奈良時代の和銅5年(712年)に泰澄大師により開山され、農業神、病気平癒の神として、多くの人々の信仰の対象とされています。

その頂上に「薬師如来」を祀るお堂があり、古くから信仰の山でした。
近隣はもちろん、地方からも大勢参拝者が訪れたそうです。

登山ルート途中には、十二神将が祀られている薬師堂があります。


越後の米山薬師は、九州日向の「法華嶽薬師(ほっけだけ)」・三河の「鳳来寺薬師(ほうらいじ)」と並んで日本三大薬師の一つとして知られている。

薬師如来は、この世の病苦を取り除いてくれる仏様である。
如来のなかで、薬師如来だけが薬の入った壷を持っている。

薬師様は十二神将を従えており、薬師十二神将とも呼ばれ、其の役目は薬師如来の手助けと、如来を信仰する人々を守護すると言われている。

参照:山頂案内板より



八海山信仰と十二山神社の関係性、でも触れさせていただきましたが、八海山の本地仏は薬師如来で、薬師如来の眷属は十二神将です。

そして、行者が八海山信仰を広めたと言われており、新潟県は十二山神社、十二神社が多くあります。

八海山には霊神碑が多く残されているのですが、米山近辺では「米山塔」という石塔が多く見られます。

これは、米山信仰をする「講」の方々が、米山薬師如来の分身として作ったものです。

「講」の説明が難しいのですが、グループ的な感じですよね。
昔だと、毎月ある日にちに集まり、経文をとなえるなどした後、食事を楽しみながら語り合う。

江戸時代には、庚申講というのがあり、庚申の夜に村人が集まって神を祀り、会食をしながら徹夜で夜を過ごすという風習がありました。

これは、庚申の日の夜に人が眠った後、人間の体にいる虫が閻魔大王に日頃の行いを報告しにいくということから、庚申の日は寝ないで過ごすという言い伝えからきています。

「講」は近隣の人々の社交の場であり、情報共有の場だったのでしょうね。


※米山は5月28日に山開きが行われ、山開き登山が行われるそうです。

詳しくはこちらの記事をご覧ください⇒柏崎市 米山の山野草 米山山開き登山





2017年4月29日土曜日

弥彦神社の某神社の祭神とは?

弥彦山の寒櫻

季節が1ケ月ほど遅れていますが、弥彦山の寒桜です。 寒桜が咲くと「もうすぐ、春だなぁ~」という気持ちになりますよね。

弥彦山は、新潟県西蒲原郡弥彦村と長岡市の境にある、標高634mの山です。
 ここで、気づいていただけると嬉しいのですが、弥彦山の標高は634。
スカイツリーと同じ高さなのです!

余談ですが、弥彦山山頂付近のレストランでは「ツリーパフェ」が634円で提供されています。
弥彦のお菓子といえば、パンダの形のなかに餡がはいっている、分水堂菓子舗さんの「パンダ焼き」が有名ですが「ツリーパフェ」も食べてみてください。

さて、弥彦山。

弥彦山には越後一ノ宮である、弥彦神社があります。
越後平野に鎮座する弥彦山自体がご神体であり「万葉集」にも
伊夜比古おのれ神さび 青雲のたなびく日すら 小雨そぼ降る
伊夜比古 神の麓に今日らもか 鹿の伏すらむ皮衣きて 角つきながら

伊夜比古と、その名が詠まれているように、古くから信仰の対象になっている山です。
そして、弥彦山の麓にある弥彦神社は、神武天皇の東遷に功績があった神として、多くの武人や朝廷からも篤く崇敬されていました。

弥彦神社の祭神「天香久山命」について


弥彦神社の祭神は、天香久山命。
天香久山命は──。

饒速日尊と天道日女命との間に生まれた神(天照太神の曾孫神)で、尾張氏等の祖神とされ、物部氏等の祖神である宇摩志摩治命とは母神を異にする兄弟神。

神武天皇の大和国平定後、勅命を受け越国を平定、開拓に従事した人物です。

ちなみに、8代孝元天皇の第一皇子である大彦命が「越」を平定した人物であることから、弥彦神社の祭神は「大彦命」ではないのか、という一説もあります。
弥彦神社は、御祭神は「天香久山命」ですよ~と言っています。 ごもっともです(^_^;)

ちなみに、天香久山命が祭神の神社は弥彦神社の他

・新潟県小千谷の魚沼神社
・愛知県の尾張戸神社

の3社。かなり少ないです。

愛知県の尾張戸神社は東谷山の山頂にあり、東谷山は古くから信仰を集めた霊山で、尾張戸神社古墳・中社古墳・南社古墳・白鳥塚古墳など尾張地区最大規模の古墳群存在しています。

弥彦神社でも土器が出た場所があるのですが、詳しい調査は行われていません。 その理由は、土器が出たのが「某神社」と呼ばれる、特別な場所であるから──。

弥彦神社の某神社


弥彦神社の某神社は、弥彦神社の二の鳥居から奥に進んだ場所にひっそりと祀られています。 由縁、祭神など不明ながらも、大切に祀られている神社──。

学生社発行の書籍「彌彦神社」に、某神社のことが次のように書かれています。

御祭神に関しては、もともとこの地の神様であったとか、荒ぶる神をとじこめた塚であるとか、また垣根内の木を切った、石を取った、土を削るとその当人が不慮の事故に遭遇したものだとする古老の強い口調の言い伝えが残っている。

なんだか、千代田区の……平将門公の首塚みたいですね。

さらには過去の考古学ブームのおりには、この社の周辺から祭器具とみられる土器を見つけたなどとして、考古学係者より発掘の申し出などもひんぱんにあったと聞くが、「いずれも行われなかった」など、神秘にして不可思議なる霊感ただよう大神の領域として、だれひとりとして手をつけかねる思いに駆られる場である。

でも、最初の土器発見者は、無事だったのでしょうかね?





某神社の某とは?


ここで、弥彦の某神社の「荒ぶる神」がどういった神様なのか気になったので、調べてみたところ「阿彦」という人物に行きつきました。

阿彦は祟神天皇の頃「越」を拠点にしていた氏族ですが、祟神天皇が派遣した四道将軍の一人「大彦命」に制圧されたといいます。

大彦命は「越」を平定し、弥彦神社の祭神ではないかという説もある人物。
ちなみに、どの地域を「越」としていたのかについて、その範囲について
敦賀の氣比神宮から船出し日本海を北上して、羽咋の気多大社を経て、さらに弥彦神社がある弥彦山を右手に見るまでを一つの地域として「越」と呼んだ
  とwikipediaに記されています。

現在、スポーツなどの大会で「北信越大会」として、富山、石川、福井(北陸3県)と長野、新潟(信越)を合わせたくくりにしているのですが「北信越広範囲すぎるよ!」と思っていましたが、この「越」の範囲から続いているものなのかもしれませんね(汗)

話しを戻します。

先に天香久山命を祭神としているのは、弥彦神社と尾張戸神社と新潟県小千谷にある魚沼神社とお伝えしましたが、魚沼神社は天香語山命のほかに、豊玉姫命と阿彦を祭神として祀っています。

魚沼神社は1780年以前は「上弥彦大明神」と呼ばれ、祭神は弥彦神社と同じ「天香久山命」であり、弥彦神社に次ぐ越後二之宮と称していたそうです。

今の地理感覚からすると、弥彦と小千谷とでは場所的に距離があり、なんというか繋がりが見えてこないのですが、小千谷は魚野川と信濃川が合流する地点で、川を交通手段としていた時代には現在よりも重要な地点であったようです。

古代には弥彦との繋がりが深く、大彦命に敗れた阿彦が小千谷へと落ち延びた……のかもしれません。

小千谷で阿彦は討たれ、魚沼神社に祀られた。

さらに、弥彦神社の某神社の祭神を阿彦と考えた場合。

大和朝廷は、その死後も阿彦を恐れ、弥彦神社の一角に阿彦を荒御霊として祀ったのかもしれません──。

このあたりのことは、東北の阿弖流為とねぶた祭にも似ていますね。
ねぶたの由来は「眠り流し」ではない?

天香久山命と阿彦をセットで祀らなければいけなかったのか?



某神社の祭神が阿彦だったという想定で考えたとき、
天香久山命を祭神としている愛知県の尾張戸神社にも、阿彦が祀られているのか? と思ったのですが、違いました(汗)

その昔、尾張の国はのちの尾張氏となる海人氏ともう一つの勢力が支配していました。
海人氏は大和朝廷にさからわず、婚姻による関係を結び勢力を強化していきます。

尾張氏の祖神は天香久山命とされているので、尾張戸神社では祖神として天香久山命を祭神として祀っているのでしょう。

越を平定、開拓した人物ということで、 天香久山命が弥彦神社に祀られているのなら、新潟県だけではなく、北陸三県にも天香久山命を祀る神社があってもいいような気がするのですが、富山、福井では「天香語山命」「天香山命」といった神名のご祭神はみられますが、弥彦神社と同じ天香久山命という神名のご祭神は見つけることができませんでした。

小千谷の魚沼神社のように、阿彦を祀るときは、天香久山命とともに祀らなければいけない理由があるのでは? と想像してみました。

天香久山命(表)、阿彦(裏)とか。

「天香久山命」と朝廷に討たれた阿彦も神として祭ることで、陰陽合わせて、越の守護を願ったのかも?
もう少し調べないとわからないですね。 天香久山命と阿彦について追っていこうと思います。




2017年4月28日金曜日

魚沼芝桜まつり 桜のイラスト その2





昨日に引き続き、桜のイラストです。

さくらは、幹枝の茶色と花のピンク、葉の緑が美しいですよね。

いまは、サクラは散り、芝桜が満開を迎えています。

GWころ、魚沼市の根小屋では芝桜が満開を迎えます。

魚沼芝桜まつり

2017年5月6日(土曜日)~2017年5月21日(日曜日)

◆期間中、土・日・祝日限定特典
・芝桜の苗プレゼント 9時~(1日限定 100株)※販売もあり

◆期間中イベント
・管理棟2階ボランティアルームにて石川雲蝶、清水上遺跡の写真パネル展開催

◆春の里山ガイドツアー
・5月7日、13日 時間10時30分から12時 参加費300円 定員20名程度




16万株の芝桜が咲き誇る様子は圧巻。
いろとりどりの絨毯のようです。


関越道堀之内ICすぐ近くですので、よかったら立ち寄ってみてくださいね。


堀之内根小屋には「日本のミケランジェロ」と呼ばれた、石川雲蝶が手掛けた彫刻が残る
永林寺もありますので、ご一緒にいかがでしょうか?



2017年4月27日木曜日

桜のイラスト




桜も季節が終わり、花が散ってしまいましたね。

浦佐毘沙門堂の隣、千住院の樹齢200年の垂れ桜が見ごろ(ちょい過ぎ)で、夜間もライトアップされているようです。

4月第一週に浦佐毘沙門堂に行ったときは、まだまだ何もない状態でした。

枝垂桜の幹に巻いていたのでしょうか? ゴザが河川の手すりで虫干しされていました。

桜というと花の盛りが綺麗ですが、葉桜になって、残っている花が風に飛ばされ、チラチラと散っていく姿も美しいと思います。


2017年4月26日水曜日

角田山の山野草イラスト ツバキ




先日、おとといに引き続き、角田山の山野草です。
ツバキですね。

椿は言い伝えやいわれの多い花ですが、年月を経たツバキは「化ける」という言い伝えがあるそうです。

江戸時代の浮世絵師・鳥山石燕の妖怪画集「今昔画図続百鬼」に、
古い椿の木に精霊が宿り、人をたぶらかすという絵と記述があります。

この画集の古椿の霊はモコモコしていて、あまり愛らしくないです…。



浦佐毘沙門堂の前立仏がツバキの木でできていて、この浦佐毘沙門堂のツバキと同じ木で作られたという毘沙門天が新潟県各地に点在していますが
 
浦佐毘沙門堂裸押合い祭 毘沙門天像の謎

人々にとって、椿という木は神聖なものだったのでしょうね。


ところで、私はツバキというと、日本昔話の「夢を買う」を思い出します。



一人の商人と絵描きが旅の途中で出会い、商人が身の上話をしていると、
絵描きは眠ってしまう。

すると、眠った絵描きの鼻の穴からアブが出てきて、
しばらくするとアブは戻って来て、絵描きの鼻の穴に入る。

目が覚めた絵描きは、不思議な夢を見たと言って
山向こうの長者の屋敷の庭に白い椿の花がさく木があり、
その側にアブがいて、木の根元を掘ると黄金が入った壺が出てきたというのだ。

商人は絵描きに「その夢買った!」と言い、金銭を渡して、山向こうへと向かう。

はたしてそこには長者の家があり、庭には沢山の椿が植えられていたが……。

 参照:まんが日本昔ばなし「夢を買う」



椿に咲く花は、白ではなく赤なんですねぇ。
何本もある椿の木に咲くのは、全て赤い椿の花。


夢を信じて、長者の家で奉公人として働き続ける商人の姿が
四季の移ろいとともに描かれます。

椿の花が咲き、白い花がなくてガッカリする。
夏の盛りに庭を掃除。秋の枯葉を掃除する。
雪が降る中、蓑笠つけて掃除をする。

何度も何度も月日が巡る。


夢を信じて努力をすれば報われるという、良いお話しです。


このお話は、佐渡島の昔話だそうですよ。

2017年4月25日火曜日

角田山の山野草イラスト カタバミ



角田山の登山路は7つのコースがあります。
今日のイラストは「湯之腰」コースに咲いていた山野草「カタバミ」です。

湯之腰コースは、越前浜にあるカーブドッチ付近から登るコースです。



ちょっと急な箇所もあるので「やや難」なコースですが、新潟市の様子が一望できますし、
湯之腰温泉で汗を流してから帰ることもできますよ~♪

2017年4月24日月曜日

角田山の山野草イラスト イカリ草、雪割草、コバイモ



今日のイラストは、新潟市西蒲区の「角田山」に咲く山野草のイラストです。

角田山は登山コースが七箇所あり、初心者から熟練者まで、それぞれが登山を楽しめます。

また、春になると雪割草が咲き誇り、イラストのようにいろいろな山野草と競うように花を咲かせます。

雪割草が咲くコースは、上記七箇所のうち四箇所。


・五ケ峠登山口⇒なだらかで登りやすく、家族向け。

・灯台登山口⇒先日ご紹介した米山や佐渡が見えます。

 柏崎市 米山の山野草 米山山開き登山

・浦浜登山口⇒五ヶ浜~大深山経由山頂へ至るコース。

・福井ほたるの里登山口⇒なだらかで登りやすい。登山口には「じょんのび館」があります♪


角田山の雪割草は4月上旬が見頃で、いまは散り果てのようです(汗)が、
新緑や他の山野草が咲いていると思います。

2017年4月23日日曜日

米山の山野草イラスト  米山山開き登山






今日のイラストは、新潟県柏崎市にある、標高993mの「米山」に咲く山野草です。

米山は「越後富士」と呼ばれる霊峰。

今年は5月28日に山開きが行われ、山開き登山が行われるそうです。

2017年は、柿崎観光協会50周年を記念して、参加者全員に特製「米山てぬぐい」をプレゼントしてくれるそうですよ♪

さらに!護符と豚汁のサービスがつくとのこと♪

4月13日から参加申し込み受付中で、先着100名まで参加可能。

詳細は柏崎観光協会ホームページまで。


【米山山開き登山】


・2017年5月28日(日曜日)※荒天の際は中止の場合あり

・料金 大人2000円、中学生以下1000円
・先着100名
・駐車場 有

・柏崎区総合事務所前集合

・アクセス 北陸自動車道「柿崎IC」より車で3分、信越本線「柿崎駅」より徒歩10分

2017年4月21日金曜日

2017年5月6月卓上カレンダー エイザンスミレ、紫陽花のイラスト

2017年の卓上カレンダーの5月、6月をアップさせていただきます。
よろしければ、DLLしてプリントアウトして使ってください。

用紙サイズはA4版でOKです。

イラスト外側のグレーの枠をカットすると、CDケースに収まるサイズです。






この前、年が明けたと思ったばかりだったのに、もうゴールデンウィーク間近なのですね。
一年が経過するのが早いです。

2017年4月19日水曜日

浦佐毘沙門堂に行ってきました!

4月の第一週に、浦佐毘沙門堂に行ってきました。
アップが遅れてしまったのですが、そのときの写真を掲示させていただきます♪

撮影場所がわかるように、
書籍「新潟県浦佐毘沙門堂裸押合の習俗」内の毘沙門堂地図を引用いたします。

新潟県浦佐毘沙門堂裸押合の習俗より
①門前から山門
②山門
④回廊
⑤回廊(中ほど)

⑥不動尊
⑦毘沙門堂
⑧毘沙門堂(多聞天額面)
⑨別行殿(宝物殿)回廊から撮影
⑨山門
新潟県浦佐毘沙門堂裸押合の習俗より(毘沙門堂内平面図)
①毘沙門堂内
②毘沙門堂内
③毘沙門堂内(中央)

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