2017年3月3日金曜日

浦佐毘沙門堂裸押合い祭 ささら擦りについて



こんにちは、魚沼工房のさとうです。
今日のイラストは、浦佐毘沙門天堂の裸押合い祭のワンシーンです。
多聞青年団団長の参拝かな?

【裸押合大祭2019】
2019年3月3日開催。
※一般の押合い参加OK!詳細は⇒一般参加者募集詳細


先日、ササラ擦りのイラストをアップしましたが
裸押合い祭のイラスト 浦佐毘沙門堂裸押合い祭「年男」と毘沙門天像の関係

ササラすりは祭りのクライマックスに行われる行事です。

押合いがと奉納品の参献と撒与品が繰り返し行われた後、夜11時頃にササラすりが始まります。
「サンヨウ、サンヨウ」の文句に合わせ、年男はササラをすり上げます。


このササラは、坂西家の当主が代々、奉納する習わしになっています。
坂西家は江戸時代に大割元役を務め、裸押合い祭では村の「重立の旦那」として尊敬され、特別な立場でした。

ササラは、坂西家の当主の代がかわるごとに、新しいササラを作り、毘沙門天に奉納します。
ササラをつくる竹は、京都石清水八幡宮の竹を使用し、普光寺の大工棟梁が作成する習わしとなっています。


ササラは「擦りササラ」ち「受けササラ」があり、それぞれ形式が異なります。


擦りササラは縦に13本の切れ込みがあります。
13という数字は、五大鬼神の「五」と夜叉八大将の「八」を合わせた数字です。
五大鬼神は五大夜叉、五大明王でしょうか?


五大明王
・不動明王
・降三世明王
・軍茶利明王
・大威徳明王
・金剛夜叉明王


夜叉八大将(八大夜叉大将)
・宝賢夜叉
・満顕夜叉
・散支夜叉
・衆徳夜叉
・應念夜叉
・大満夜叉
・無比力夜叉
・密厳夜叉



五大鬼神と夜叉八大将は毘沙門天の眷属とされています。
毘沙門天は夜叉鬼神を統括していて、配下に属する夜叉は5000とも言われているそうです。

ちなみに、山門の二階に安置されている二十八使者も毘沙門天の眷属です。



受けササラのほうには、横に30本の刻みがされています。
天地に刻みを入れ、その中に28本の刻みをいれるということです。
お気づきだと思いますが、28という数字は二十八使者を表しています。



この擦りササラと受けササラを十字にクロスさせ年男は真言密教を唱えながら、一年の豊作を祈願します。
ササラは内側に擦ると凶作に、外に擦ると豊作になることから、外へ外へと擦ります。


唱える呪文は他人に聞こえてはいけないので、年男は声に出して唱えません。
また、声が漏れないように、音頭取りの人たちが、音頭歌を歌っているともいわれています。


音頭取りの家も決まっていて、鈴木家が代々世襲しており、脇音頭をとるのは、分家や鈴木家に縁のある人に依頼するそうです。
鈴木家は江戸時代、大割元・坂西家の祐筆であったという伝承が残っています。


ササラ擦りが始まると、押合いをしていた人々が、年男の周りを輪になってとりかこみます。
輪は三重四重となり、ぐるぐると年男の周りを回り、音頭取りの人々が、音頭歌を歌います。


以前は、音頭取りの人々ではなく、年男がササラを擦りながら音頭をとったと、鈴木牧之の「北越雪譜」に描かれています。


当月三日に年男参ったりな。
立ったこそ道理や門の松がまっさるわ。
まんがわらに手かけて春が来たとうのばら。
わいらに着しようとて白い管の笠。
黄金の花が咲く四つ隅のように。
たーむこそ道理や実が入るとうて。
立ったこそ道理や米が降るとうて。


この七つの文句を七回ずつ繰り返し、四十九回歌います。
一句一句の間に、年男の周りを回る人々が「サンヨウ、サンヨウ」と合いの手を入れます。




四十九回の歌が終わると「ざざんざざん、松浜の音ざざんざん」と唱えられ、輪を描いていた群衆が二つに割れ、年男が人々の「来い来い来いよ」の声に導かれて、内陣に入りササラを本尊の厨子に納めます。


その後、御灰像十二体を撒与して祭りは終わります。


祭り全体が一つのストーリーになっているような感じですね。


ラストの「ざざんざざん、松浜の音ざざんざん」がですね……。
なぜ、山が多い地方なのに、海を描写するような文句なのかというのが謎でした。

また、人波が2つに別れるというのと、ささらを厨子に納めるという行事が……。
モーセの出エジプト記と契約の箱みたい──と思いました。


年男、井口家のご先祖が「毘沙門天像を運んで浦佐にやってきた」という言い伝えもありますしね。

ドビックリ!な歴史繋がりがあったりするかもしれませんよ!