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2020年9月13日日曜日

秋は森羅万象が静寂の中に沈潜してゐる



秋は森羅万象が静寂の中に沈潜してゐる。
空は底深く澄み、
太陽は冷めて黄ばみ、
木の葉は薄く色づく、
野末を渉る風さへも足音を秘めて忍び寄る。
かゝる自然の環境の中に咲く秋草もまた自ら周囲に同化するのであらう。
かすかに伝ひよる衣ずれの音。
そこはかとなく心に染むそら薫もの。
たゆたひ勝ちにあはれを語る初更のさゝやき。
深くも恥らひつゝ秘むる情熱――
これらの秋は日本古典の物語に感ずる風趣である。

―岡本かの子― 『秋の七草に添へて』より

2020年9月8日火曜日

なぜか私は鬼灯の姿にひきつけられて暮してゐた



なぜか私は鬼灯の姿にひきつけられて暮してゐた。
どこか幼い時の記憶にありさうな、
夢の隙間がその狭い庭にありさうで……。

―原民喜― 『鬼灯図』より

2020年9月7日月曜日

みんなで、"守ろう”としているからやろうな――


「何で――誰も破らへんの?」
という素直な疑問を大輔は優先した。
「そうやなあ」
ふたたび、例の「モダン焼き」の調子で、
幸一は手のひらをあてた。
「みんなで、"守ろう”としているからやろうな――」

―小説『プリンセス・トヨトミ』より―

2020年9月2日水曜日

2020年8月30日日曜日

百合の宿座とよびかへて ふたたび空にあくがれむ



光はにほふ天の香を
慕ひしたひしたのしさに
薔薇の宮となづけつつ
めでにし星も墜ちてけり

こよひは清き愁ひより
うるほひひらく影見れば
百合の宿座とよびかへて
ふたたび空にあくがれむ

追懷深きかがやきぞ
迷ふわが身のたよりなる
さればよ照らせ荒磯に
また闇沈む墓かげに

―蒲原有明― 『かたみの星』

2020年8月29日土曜日

野生の菊花植物であることは確でも、 実物は何であるかを知り難いので、 専門家の研究に待つことにする



即ち『本草和名』及び『医心方』に従えばカハラオハギ、
『和名抄』はカハラヨモギ、
『新撰字鏡』はカラヨモギである。
狩谷棭斎は『箋注和名抄』にオハギはヨメナであると注しているが、
是等は原書を見れば孰れも菊の和名であって、
特に黄菊花に就ていえるものではないから、
野生の菊花植物であることは確でも、
実物は何であるかを知り難いので、
専門家の研究に待つことにする。

―木暮理太郎― 『マル及ムレについて』より

2020年8月28日金曜日

2020年8月27日木曜日

それは夏の午後のことで、 その日は南風気の風の無い日であった



それは夏の午後のことで、
その日は南風気の風の無い日であった。
白く燃える陽の下に、
草の葉も稲の葉も茗荷の葉も皆葉端を捲いて、
みょうに四辺がしんとなって見える中で、
きりぎりすのみが生のある者のようにあっちこっちで鳴いていた。

―田中貢太郎― 『雑木林の中』より

2020年8月26日水曜日

そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色



そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色、
いつぞや妹と植えたらば夜昼の境にまどろむ黄昏の女神の夢のようにほのぼのと咲いた。

―中勘助― 『折紙』より

2020年8月2日日曜日

2020年8月1日土曜日

越中側の斜面には高山植物が多いから、 若返って信濃の国の詩でもつくるのだ



今年の夏は鹿島槍に登ろう。
大沢を出てマヤクボで泊り――これは三時間位で登れるが、天幕を張っておいてから針ノ木岳あたりで遊ぶのだ――次の日は棒小舎乗越ぼうごやのっこし泊どまり。
ここには野営地がある。
次の日は爺を登ってツベタに出、
午後は雪解けの池に棲むハコネサンショウウオを追いまわして遊ぶ。
翌日は鹿島槍、
これもゆっくりやる。
越中側の斜面には高山植物が多いから、
若返って信濃の国の詩でもつくるのだ。

―石川欣一―

2020年7月31日金曜日

日本で一番名高いのは「越の白山」と古歌に詠まれた加賀(飛騨にも跨またがる)白山(二六八七米突メートル)である



雪と山との合体から、
雪の色が山の名になってしまった例はすこぶる多い。
日本で一番名高いのは「越の白山」と古歌に詠まれた加賀(飛騨にもまたがる)白山(二六八七米突メートル)である。

―小島烏水―

2020年7月29日水曜日

2020年3月6日金曜日

After rain comes sunshine.


桜の花が咲く季節となりました。

冬の寒さを耐え、咲く花たち。

春を待つ桜のように。

冬を耐えて乗り切りましょう。

The darkest hour is just before the dawn.