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2020年10月12日月曜日

もと七倉岳は、この山の北少し東に在る山で、北葛岳・乗鞍岳等の別名があった



最低の鞍部は針ノ木峠と北南に相対する不動堀沢岳
(近時の大町の案内や人夫は之を七倉岳と呼んでいるようであるが、もと七倉岳は、この山の北少し東に在る山で、北葛岳・乗鞍岳等の別名があった)
の西にあるくびれ目で、
二千百八十米であるから、
立山山脈の南半とは、
最高に於て少しく劣り、
最低に於て少しく優っているが、
二千六百米以上の平均高度を有する事は互に同じである。

―木暮理太郎― 『黒部峡谷』より

2020年10月11日日曜日

蓮華にいたる後立連峰を前後に見て、 とても他では求められぬ雄大な眺望でした



特に赤牛岳往復は三ツ岳、
五郎岳と薬師岳を両側に見、
黒岳から遠く槍、
穂高連峰―東鎌―笠ヶ岳等と五色ヶ原より立山連峰、
白馬から針ノ木、
蓮華にいたる後立連峰を前後に見て、
とても他では求められぬ雄大な眺望でした。

―加藤文太郎― 『単独行』より

2020年10月10日土曜日

はあはあ息だけついてごまかしながらいつまでもいつまでもそのぶなの木を見上げて立ってゐるのでした




風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光るときなどは虔十はもううれしくてうれしくてひとりでに笑へて仕方ないのを、
無理やり大きく口をあき、
はあはあ息だけついてごまかしながらいつまでもいつまでもそのぶなの木を見上げて立ってゐるのでした。

―宮沢賢治― 『虔十公園林』より

2020年9月22日火曜日

わたくしは中門前の池の傍を通つて、 二月堂への細い樹間の道を伝ひながら、 古昔の精神的事業を思つた



わたくしは中門前の池の傍を通つて、
二月堂への細い樹間の道を伝ひながら、
古昔の精神的事業を思つた。
さうしてそれがどう開展したかを考へた。

―和辻哲郎― 『月夜の東大寺南大門』より

2020年9月20日日曜日

越後側に聳える兎岳、越後沢山、八海山、越後駒ヶ岳などを合わせた山々は、標高僅かに七、八千尺に過ぎないけれど、人里遠いことにおいては日本一である



越後側に聳える兎岳、
越後沢山、
八海山、
越後駒ヶ岳などを合わせた山々は、
標高僅かに七、八千尺に過ぎないけれど、
人里遠いことにおいては日本一である。
その山々から滴りでて、
深い渓の底の落葉を潜り、
陽の眼を見ないで奔下する水であるから、
真夏になってからでも、
朝夕は身に沁みる冷たさを覚えるのは、
当たり前であろう。

―佐藤垢石― 『利根の尺鮎』より

 

2020年9月18日金曜日

兎岳の尾根が東に延びて灰ノ又山となって、 それから北に行って荒沢岳となって、 更に東に延びている



兎岳の尾根が東に延びて灰ノ又山となって、
それから北に行って荒沢岳となって、
更に東に延びている、
この山脈と中ノ岳、
駒ヶ岳の山脈の間を流れているのが、
只見川の支流の北又川である

―高頭仁兵衛― 『平ヶ岳登攀記』より

2020年9月16日水曜日

こちとらには池塘春草の夢、 梧の葉の秋風にちるを聞くまでは寧ろ醒めずにいつまでもいつまでも酔っていて、 算盤ずくで遊山する了見にはなりたくないもの



世は已に醒めたりとすましていられる人は兎も角、
こちとらには池塘春草の夢、
梧の葉の秋風にちるを聞くまでは寧ろ醒めずにいつまでもいつまでも酔っていて、
算盤ずくで遊山する了見にはなりたくないもの、
江戸ッ児の憧憬はここらにこそ存っておるはずであるのに……。

―柴田流星― 『残されたる江戸』より

2020年9月15日火曜日

枝折峠の嶺上を去ると荒沢岳が前面に現われて来る



枝折峠の嶺上を去ると荒沢岳が前面に現われて来る、
路は一方下りとなって駒と中ノ岳が右に残雪を光らしている、
峠を下り尽くすと銀山平の地となるのである

―高頭仁兵衛― 『平ヶ岳登攀記』より

2020年9月14日月曜日

銀山平や、 六十里越、 八十里越あたりの連山に眼を移せば、 旅にいて、 さらに旅心を唆られるのだ



破間川と魚野川の合流点の、
秋草に満ちた広い河原から南東を眺めた山々のただずまいはほんとうに美しく荘厳である。
八海山と駒ヶ岳に奥会津に近い中ヶ岳が三角の顔をだして、
山の涼しさを語っている。
銀山平や、
六十里越、
八十里越あたりの連山に眼を移せば、
旅にいて、
さらに旅心を唆られるのだ。

―佐藤垢石― 『瀞』より

2020年9月12日土曜日

富士火山脈が信濃に入つて、 八ヶ岳となり、 蓼科山となり、 霧ヶ峰となり、 その末端が大小の丘陵となつて諏訪湖へ落ちる



富士火山脈が信濃に入つて、
八ヶ岳となり、
蓼科山となり、
霧ヶ峰となり、
その末端が大小の丘陵となつて諏訪湖へ落ちる。
その傾斜の最も低い所に私の村落がある。

―島木赤彦― 『諏訪湖湖畔冬の生活』より

2020年9月11日金曜日

蓼科山の彼方にぞ 年経るおろち棲むといへ


蓼科山の彼方にぞ
年経るおろち棲むといへ
月はろばろとうかび出で
八谷の奥も照らすかな

―伊良子清白― 『秋和の里』より

2020年9月10日木曜日

その十力の金剛石は春の風よりやわらかく、 ある時はまるくあるときは卵がたです。 霧より小さなつぶにもなれば、 そらとつちとをうずめもします



その十力の金剛石は春の風よりやわらかく、
ある時はまるくあるときは卵がたです。
霧より小さなつぶにもなれば、
そらとつちとをうずめもします。

―宮沢賢治― 『虹の絵の具皿』より

2020年9月9日水曜日

城の前の谷川に月の光がさして、 そして水が自然に静まる時があったら、 その卵を水鏡に写してごらんなさい。 夢の姿がはっきり見えてきます



城の前の谷川に月の光がさして、
そして水が自然に静まる時があったら、
その卵を水鏡に写してごらんなさい。
夢の姿がはっきり見えてきます。

―豊島与志雄― 『夢の卵』より

2020年9月6日日曜日

燧岳は尾瀬に君臨する女王であると共に、 また尾瀬の生みの母でもある



燧岳は尾瀬に君臨する女王であると共に、
また尾瀬の生みの母でもある。
若し此山の噴出がなかったならば、
尾瀬沼も尾瀬ヶ原も出現することなく、
この勝地も恐らく名もない谷間の窪地たるに過ぎなかったであろう。

―木暮理太郎―

2020年9月5日土曜日

谷川岳は美しい山だ



谷川岳は美しい山だ。
私の故郷はあの山の向う側にあるので、
その往復に車窓から眺めながら、
季節々々にいつも美しい山の姿に見とれることが多かった。
とりわけ冬は美しいが、
それはあらゆる山がそうなのだろう。

―坂口安吾― 『我が人生観』より

2020年9月3日木曜日

末はどうでも お薬師さまよ せつぱ詰つた つないでお呉れ



願ひかけました
米山さまへ

縁をつないで
お呉れよとかけた

末はどうでも
お薬師さまよ

せつぱ詰つた
つないでお呉れ

帯で結んでも
切れる縁は切れる

どうせ米山も
お道楽薬師

切れるまでにも
つないでお呉れ

―野口雨情― 『道楽薬師』より

2020年9月1日火曜日

人がどう評価しようとも、 何をしたかかではなく、 何のためにそれをしたかが大切です。 悔いなくやり遂げることが大切だと思います。



人がどう評価しようとも、
何をしたかかではなく、
何のためにそれをしたかが大切です。
悔いなくやり遂げることが大切だと思います。

―映画『劔岳 点の記』より―

2020年8月31日月曜日

或は正保以前から「をぜ」の称があったかとも思われる、 けれども『会津風土記』以外には確たしかな記録がないのである


尾瀬の名は『会津風土記』に「小瀬峠 陸奥上野二州之界」または「小瀬沼 在会津郡伊南郷縦八里横三里」として載っているのが古書に見られる最初である。
この書は寛文六年に編纂されたもので、
これに先立つこと約二十年の『正保図』には、
「さかひ沼」と記してあるが「をぜ沼」とは書いてない。
或は正保以前から「をぜ」の称があったかとも思われる、
けれども『会津風土記』以外にはたしかな記録がないのである。

―木暮理太郎― 『尾瀬の昔と今』より

2020年8月18日火曜日

槍ヶ岳や大天井との相撲には、 北穂高東穂高の二峰がそれぞれ派せられている



槍ヶ岳や大天井との相撲には、
北穂高東穂高の二峰がそれぞれ派せられている、
何れも三千米突内外の同胞、
自ら中堅となって四股を踏み、
群雄を睥睨しおる様は、
丁度、
横綱の土俵入を見るようだ

―鵜殿正雄―