2021年7月23日金曜日

それは小さな山小屋で、石油ランプのあかりが、窓のしょうじに、うつっているのでした



ふと気がつくと、むこうのほうに、人だまのような赤い火が、ボーっと見えていました。
気味がわるいけれども、勇気をふるって近づいてみますと、それは小さな山小屋で、石油ランプのあかりが、窓のしょうじに、うつっているのでした。

―江戸川乱歩 『探偵少年』より―

2021年7月8日木曜日

2021年7月6日火曜日

米沢の城下から北の方二十里にして小国という町がある



米沢の城下から北の方二十里にして小国という町がある。
ここは代官並に手代在番の処である。
それからまた北に三里、入折戸という戸数僅かに七軒の離れ村がある。
ここに番所が設けられて、それから先へは普通の人の出入を許さないのであった。

―江見水蔭 『壁の眼の怪』より―

2021年7月5日月曜日

闊葉樹林は概して明るく快活であるが、針葉樹林は暗く陰鬱である

 


森林にも闊葉樹林と針葉樹林とがある。
闊葉樹林は概して明るく快活であるが、針葉樹林は暗く陰鬱である。

―木暮理太郎 『渓三題』より―

2021年7月3日土曜日

中ノ岳より北に行くこと二十分で、槍ヶ岳第一の子分、峰は二つで、間は一丁余もあろう



中ノ岳より北に行くこと二十分で、槍ヶ岳第一の子分、峰は二つで、間は一丁余もあろう、標高約三千七十米突、少し嶮しくなってきた。
槍に登って余裕のある人は、中途高山植物の奇品を採りながらこの峰に登るも面白かろう。

―鵜殿正雄 『穂高岳槍ヶ岳縦走記』より―

2021年5月30日日曜日

駒ヶ岳は孤独な肩をそびやかし、 空の青い深い静けさを、 その存在で護って立っているように見えた



駒ヶ岳は孤独な肩をそびやかし、
空の青い深い静けさを、
その存在で護って立っているように見えた。

―三島由紀夫 『沈める瀧』より―

2021年5月21日金曜日

五月のある日、しぶしぶ雨が降る昼でした



五月のある日、しぶしぶ雨が降る昼でした。
淵の魚はさぞ待っているだろうと、昭青年は網代笠を傘の代りにして淵へ生飯を持って行きました。
川はすっかり霧で隠れて、やや晴れた方の空に亀山、小倉山の松の梢だけが墨絵になってにじみ出ていました。

―岡本かの子 『鯉魚』より―

2021年5月18日火曜日

大天井岳の前にて常念道、喜作新道の岐れ道あり



大天井岳の前にて常念道、喜作新道の岐れ道あり、
そこにルックザックを置き、大天井頂上を極む。
三角点にて万歳三唱、豪壮なる穂高連峰、
谷という谷に雪を一杯つめ、毅然とそびえたるを見、感慨無量なり、
もとの道に引返しルックザックをかつぎ喜作新道を進む。

―加藤文太郎 『単独行』より―

2021年5月17日月曜日

どれを見せても、宿屋の主人は「それもウツギの一種です」と言ふものだから、しまひには、可い加減のことばかり言ふのだらうと思つて、もう訊かないことにした



僕は散歩の途中に見知らない花が咲いてゐると、一枝折つてきては宿屋の主人にその名前を訊くやうにしてゐたが、どれを見せても、宿屋の主人は「それもウツギの一種です」と言ふものだから、しまひには、可い加減のことばかり言ふのだらうと思つて、もう訊かないことにした。
さうして東京から「原色高山植物」といふものを取りよせて、それで調べて見たが、僕が宿屋の主人に見せた花はやはりいづれもウツギの一種だつたのでびつくりした。
もつとも、ベニウツギだとか、バイクワウツギだとか、さまざまな特有の名前がついてはゐたが……。

―掘辰雄 『フローラとフォーナ』より―

2021年5月16日日曜日