2020年9月20日日曜日

越後側に聳える兎岳、越後沢山、八海山、越後駒ヶ岳などを合わせた山々は、標高僅かに七、八千尺に過ぎないけれど、人里遠いことにおいては日本一である



越後側に聳える兎岳、
越後沢山、
八海山、
越後駒ヶ岳などを合わせた山々は、
標高僅かに七、八千尺に過ぎないけれど、
人里遠いことにおいては日本一である。
その山々から滴りでて、
深い渓の底の落葉を潜り、
陽の眼を見ないで奔下する水であるから、
真夏になってからでも、
朝夕は身に沁みる冷たさを覚えるのは、
当たり前であろう。

―佐藤垢石― 『利根の尺鮎』より

 

2020年9月19日土曜日

何の花ぞと問ふと大理牙(ダリヤです)と答へたるをそのまゝ花の名としたのだと



白井博士教示に天保十三年初めて輸入され、
初めは蘭名ラノンケルで通用したが、
葉花共にやや牡丹に近いゆゑ天竺牡丹と俗称したと、
舶上花譜に出づと。
今年紀元節号「日本及日本人」に、
山内嵒氏いはく、
雲南の大理府はこの草の原産地で、
外国人はじめてこの花を広東で見た時、
何の花ぞと問ふと大理牙(ダリヤです)と答へたるをそのまゝ花の名としたのだと。

―南方熊楠― 『きのふけふの草花』より

2020年9月18日金曜日

小鳥の眼のやうな、 つぶらな赤い実が揺れ、 厚ぼつたい葉が揺れ、 茎が揺れ、 そしてまた私の心が微かに揺れてゐる……



小鳥の眼のやうな、
つぶらな赤い実が揺れ、
厚ぼつたい葉が揺れ、
茎が揺れ、
そしてまた私の心が微かに揺れてゐる……

―薄田泣菫― 『まんりやう』より

兎岳の尾根が東に延びて灰ノ又山となって、 それから北に行って荒沢岳となって、 更に東に延びている



兎岳の尾根が東に延びて灰ノ又山となって、
それから北に行って荒沢岳となって、
更に東に延びている、
この山脈と中ノ岳、
駒ヶ岳の山脈の間を流れているのが、
只見川の支流の北又川である

―高頭仁兵衛― 『平ヶ岳登攀記』より

2020年9月16日水曜日

こちとらには池塘春草の夢、 梧の葉の秋風にちるを聞くまでは寧ろ醒めずにいつまでもいつまでも酔っていて、 算盤ずくで遊山する了見にはなりたくないもの



世は已に醒めたりとすましていられる人は兎も角、
こちとらには池塘春草の夢、
梧の葉の秋風にちるを聞くまでは寧ろ醒めずにいつまでもいつまでも酔っていて、
算盤ずくで遊山する了見にはなりたくないもの、
江戸ッ児の憧憬はここらにこそ存っておるはずであるのに……。

―柴田流星― 『残されたる江戸』より

2020年9月15日火曜日

枝折峠の嶺上を去ると荒沢岳が前面に現われて来る



枝折峠の嶺上を去ると荒沢岳が前面に現われて来る、
路は一方下りとなって駒と中ノ岳が右に残雪を光らしている、
峠を下り尽くすと銀山平の地となるのである

―高頭仁兵衛― 『平ヶ岳登攀記』より

2020年9月14日月曜日

銀山平や、 六十里越、 八十里越あたりの連山に眼を移せば、 旅にいて、 さらに旅心を唆られるのだ



破間川と魚野川の合流点の、
秋草に満ちた広い河原から南東を眺めた山々のただずまいはほんとうに美しく荘厳である。
八海山と駒ヶ岳に奥会津に近い中ヶ岳が三角の顔をだして、
山の涼しさを語っている。
銀山平や、
六十里越、
八十里越あたりの連山に眼を移せば、
旅にいて、
さらに旅心を唆られるのだ。

―佐藤垢石― 『瀞』より

2020年9月13日日曜日

秋は森羅万象が静寂の中に沈潜してゐる



秋は森羅万象が静寂の中に沈潜してゐる。
空は底深く澄み、
太陽は冷めて黄ばみ、
木の葉は薄く色づく、
野末を渉る風さへも足音を秘めて忍び寄る。
かゝる自然の環境の中に咲く秋草もまた自ら周囲に同化するのであらう。
かすかに伝ひよる衣ずれの音。
そこはかとなく心に染むそら薫もの。
たゆたひ勝ちにあはれを語る初更のさゝやき。
深くも恥らひつゝ秘むる情熱――
これらの秋は日本古典の物語に感ずる風趣である。

―岡本かの子― 『秋の七草に添へて』より

2020年9月12日土曜日

富士火山脈が信濃に入つて、 八ヶ岳となり、 蓼科山となり、 霧ヶ峰となり、 その末端が大小の丘陵となつて諏訪湖へ落ちる



富士火山脈が信濃に入つて、
八ヶ岳となり、
蓼科山となり、
霧ヶ峰となり、
その末端が大小の丘陵となつて諏訪湖へ落ちる。
その傾斜の最も低い所に私の村落がある。

―島木赤彦― 『諏訪湖湖畔冬の生活』より

2020年9月11日金曜日

蓼科山の彼方にぞ 年経るおろち棲むといへ


蓼科山の彼方にぞ
年経るおろち棲むといへ
月はろばろとうかび出で
八谷の奥も照らすかな

―伊良子清白― 『秋和の里』より

2020年9月10日木曜日

その十力の金剛石は春の風よりやわらかく、 ある時はまるくあるときは卵がたです。 霧より小さなつぶにもなれば、 そらとつちとをうずめもします



その十力の金剛石は春の風よりやわらかく、
ある時はまるくあるときは卵がたです。
霧より小さなつぶにもなれば、
そらとつちとをうずめもします。

―宮沢賢治― 『虹の絵の具皿』より

2020年9月9日水曜日

城の前の谷川に月の光がさして、 そして水が自然に静まる時があったら、 その卵を水鏡に写してごらんなさい。 夢の姿がはっきり見えてきます



城の前の谷川に月の光がさして、
そして水が自然に静まる時があったら、
その卵を水鏡に写してごらんなさい。
夢の姿がはっきり見えてきます。

―豊島与志雄― 『夢の卵』より

2020年9月8日火曜日

なぜか私は鬼灯の姿にひきつけられて暮してゐた



なぜか私は鬼灯の姿にひきつけられて暮してゐた。
どこか幼い時の記憶にありさうな、
夢の隙間がその狭い庭にありさうで……。

―原民喜― 『鬼灯図』より