2021年8月26日木曜日

その晩は峠から白馬が、うそみたいに美しい色に見えた



最後に登った高い山は、針ノ木岳である。
これも九月、小暇を得て出かけた。
大沢小舎のすこし上、盛夏雪渓の終るあたりに、たった一本咲いていた紅百合。
マヤクボの上の方は、りんどうの花ざかり。
その晩は峠から白馬が、うそみたいに美しい色に見えた。

―石川欣一 『可愛い山』より―

2021年8月17日火曜日

堤防になつてゐる二間幅の路には、櫨の大きな並木が涼しい蔭をつくつて居て、車夫の饅頭笠が其間を縫つて走つて行く



停車場から町の入口まで半里位ある。
堤防になつてゐる二間幅の路には、櫨の大きな並木が涼しい蔭をつくつて居て、車夫の饅頭笠が其間を縫つて走つて行く。

―田山花袋 『父の墓』より―

2021年8月14日土曜日

いかなれば今歳の盛夏のかがやきのうちにありて、 なほきみが魂にこぞの夏の日のひかりのみあざやかなる

 



いかなれば今歳の盛夏のかがやきのうちにありて、
なほきみが魂にこぞの夏の日のひかりのみあざやかなる。

夏をうたはんとては殊更に晩夏の朝かげとゆふべの木末をえらぶかの蜩の哀音を、
いかなればかくもきみが歌はひびかする。

―伊東静雄 『詩集夏花』より―

2021年7月31日土曜日

それにしても、燕岳の肩に辿りついて、日本アルプス連山を一眸の下に集め、「槍が……穂高が……」とおのずから出る語気

 



それにしても、燕岳の肩に辿りついて、日本アルプス連山を一眸の下に集め、「槍が……穂高が……」とおのずから出る語気、その語気の底に籠ってる心境こそは、一度経験した者は生涯忘れ得ないであろう。

―豊島与志雄 『霊気』より―

2021年7月30日金曜日

名高い伯耆の大山の姿も次第に車窓から望まれるやうになつた



名高い伯耆の大山の姿も次第に車窓から望まれるやうになつた。
あの信濃路あたりに見るやうな高峻な山岳は望まれないまでも、幾つかの峯の頂きを並べたやうな連山の輪廓はかなり長く延びてゐて、たしかにこの地方の單調を破つてゐた。

―島崎藤村 『山陰土産』より―

2021年7月27日火曜日

柏崎、三井寺、桜川、弱法師、葵上、景清、忠度(囃子)、鵜飼、遊行柳(囃子)



翁の愛婿、前記野中到氏が富士山頂に日本最初の測候所を立てて越冬した明治二十六年の事、翁は半紙十帖ばかりに自筆の謡曲を書いて与えた。
「富士山の絶頂で退屈した時に謡いなさい」というので暗に氏の壮挙を援けたい意味であったろう。
その曲目は左の通りであった。
柏崎、三井寺、桜川、弱法師、葵上、景清、忠度(囃子)、鵜飼、遊行柳(囃子)

―夢野久作 『梅津只圓翁伝』より―

2021年7月25日日曜日

黒部五郎の小屋は三俣蓮華岳と中ノ俣岳すなわち黒部五郎岳との最低鞍部にあって水もたくさんあるし丈夫な小屋で素敵なものです



黒部五郎の小屋は三俣蓮華岳と中ノ俣岳すなわち黒部五郎岳との最低鞍部にあって水もたくさんあるし丈夫な小屋で素敵なものです。
上ノ岳の小屋へ着く前雨が降り出したので予定は薬師岳まででしたが、変更して二時頃から尻尾が痛いので休養しました。
ここの小屋も黒部五郎と同じく名古屋の人が寄附された立派なもので、上ノ岳絶頂と太郎山の中間にあり木が無いので風は強いところですが眺望のいいところです。

―加藤文太郎 『単独行』より―

2021年7月23日金曜日

それは小さな山小屋で、石油ランプのあかりが、窓のしょうじに、うつっているのでした



ふと気がつくと、むこうのほうに、人だまのような赤い火が、ボーっと見えていました。
気味がわるいけれども、勇気をふるって近づいてみますと、それは小さな山小屋で、石油ランプのあかりが、窓のしょうじに、うつっているのでした。

―江戸川乱歩 『探偵少年』より―

2021年7月8日木曜日

2021年7月6日火曜日

米沢の城下から北の方二十里にして小国という町がある



米沢の城下から北の方二十里にして小国という町がある。
ここは代官並に手代在番の処である。
それからまた北に三里、入折戸という戸数僅かに七軒の離れ村がある。
ここに番所が設けられて、それから先へは普通の人の出入を許さないのであった。

―江見水蔭 『壁の眼の怪』より―

2021年7月5日月曜日

闊葉樹林は概して明るく快活であるが、針葉樹林は暗く陰鬱である

 


森林にも闊葉樹林と針葉樹林とがある。
闊葉樹林は概して明るく快活であるが、針葉樹林は暗く陰鬱である。

―木暮理太郎 『渓三題』より―