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2020年11月16日月曜日

Oomph and a hoomph and a double-de-oomph!



ねずみが ねこを ひっぱって、
ねこが いぬを ひっぱって、
いぬが まごを ひっぱって、
まごが おばあさんを ひっぱって、
おばあさんが おじいさんを ひっぱって、
おじいさんが かぶを ひっぱって……
うんとこしょ
どっこいしょ
やっと、かぶは ぬけました

―A.トルストイ― 『おおきなかぶ』より

2020年11月15日日曜日

青いくるみも吹きとばせ すっぱいかりんも吹きとばせ



どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいかりんも吹きとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう

―宮沢賢治― 『風の又三郎』より

2020年9月21日月曜日

白い芽の痕が多く上に出たものを勝ちとして種子のとりつこをするのである



木の実どちといふのは国の遊びで、
椿の種子のあるきめられた形のもののうちからいくつかを択んでめいめいが同じ数だけ出しあひ、
それをいつしよにしてひとりづつかはるがはる両手のなかでふつてから畳のうへにあけてみて、
白い芽の痕が多く上に出たものを勝ちとして種子のとりつこをするのである。

―中勘助― 『銀の匙』より

2020年9月19日土曜日

何の花ぞと問ふと大理牙(ダリヤです)と答へたるをそのまゝ花の名としたのだと



白井博士教示に天保十三年初めて輸入され、
初めは蘭名ラノンケルで通用したが、
葉花共にやや牡丹に近いゆゑ天竺牡丹と俗称したと、
舶上花譜に出づと。
今年紀元節号「日本及日本人」に、
山内嵒氏いはく、
雲南の大理府はこの草の原産地で、
外国人はじめてこの花を広東で見た時、
何の花ぞと問ふと大理牙(ダリヤです)と答へたるをそのまゝ花の名としたのだと。

―南方熊楠― 『きのふけふの草花』より

2020年9月18日金曜日

小鳥の眼のやうな、 つぶらな赤い実が揺れ、 厚ぼつたい葉が揺れ、 茎が揺れ、 そしてまた私の心が微かに揺れてゐる……



小鳥の眼のやうな、
つぶらな赤い実が揺れ、
厚ぼつたい葉が揺れ、
茎が揺れ、
そしてまた私の心が微かに揺れてゐる……

―薄田泣菫― 『まんりやう』より

2020年9月13日日曜日

秋は森羅万象が静寂の中に沈潜してゐる



秋は森羅万象が静寂の中に沈潜してゐる。
空は底深く澄み、
太陽は冷めて黄ばみ、
木の葉は薄く色づく、
野末を渉る風さへも足音を秘めて忍び寄る。
かゝる自然の環境の中に咲く秋草もまた自ら周囲に同化するのであらう。
かすかに伝ひよる衣ずれの音。
そこはかとなく心に染むそら薫もの。
たゆたひ勝ちにあはれを語る初更のさゝやき。
深くも恥らひつゝ秘むる情熱――
これらの秋は日本古典の物語に感ずる風趣である。

―岡本かの子― 『秋の七草に添へて』より

2020年9月8日火曜日

なぜか私は鬼灯の姿にひきつけられて暮してゐた



なぜか私は鬼灯の姿にひきつけられて暮してゐた。
どこか幼い時の記憶にありさうな、
夢の隙間がその狭い庭にありさうで……。

―原民喜― 『鬼灯図』より

2020年9月7日月曜日

みんなで、"守ろう”としているからやろうな――


「何で――誰も破らへんの?」
という素直な疑問を大輔は優先した。
「そうやなあ」
ふたたび、例の「モダン焼き」の調子で、
幸一は手のひらをあてた。
「みんなで、"守ろう”としているからやろうな――」

―小説『プリンセス・トヨトミ』より―

2020年9月2日水曜日

2020年8月30日日曜日

百合の宿座とよびかへて ふたたび空にあくがれむ



光はにほふ天の香を
慕ひしたひしたのしさに
薔薇の宮となづけつつ
めでにし星も墜ちてけり

こよひは清き愁ひより
うるほひひらく影見れば
百合の宿座とよびかへて
ふたたび空にあくがれむ

追懷深きかがやきぞ
迷ふわが身のたよりなる
さればよ照らせ荒磯に
また闇沈む墓かげに

―蒲原有明― 『かたみの星』

2020年8月29日土曜日

野生の菊花植物であることは確でも、 実物は何であるかを知り難いので、 専門家の研究に待つことにする



即ち『本草和名』及び『医心方』に従えばカハラオハギ、
『和名抄』はカハラヨモギ、
『新撰字鏡』はカラヨモギである。
狩谷棭斎は『箋注和名抄』にオハギはヨメナであると注しているが、
是等は原書を見れば孰れも菊の和名であって、
特に黄菊花に就ていえるものではないから、
野生の菊花植物であることは確でも、
実物は何であるかを知り難いので、
専門家の研究に待つことにする。

―木暮理太郎― 『マル及ムレについて』より

2020年8月28日金曜日

2020年8月27日木曜日

それは夏の午後のことで、 その日は南風気の風の無い日であった



それは夏の午後のことで、
その日は南風気の風の無い日であった。
白く燃える陽の下に、
草の葉も稲の葉も茗荷の葉も皆葉端を捲いて、
みょうに四辺がしんとなって見える中で、
きりぎりすのみが生のある者のようにあっちこっちで鳴いていた。

―田中貢太郎― 『雑木林の中』より

2020年8月26日水曜日

そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色



そのめざましい鬱金はあの待宵の花の色、
いつぞや妹と植えたらば夜昼の境にまどろむ黄昏の女神の夢のようにほのぼのと咲いた。

―中勘助― 『折紙』より

2020年8月25日火曜日

ぐみの実、 草いちごの実、 おもひでがあまりに多い

 



いぬころぐさを活ける、
去年をすぐおもひだす、
おどり子草も咲いてゐる、
すぐまた一昨年のことをおもひだす。
……
ぐみの実、
草いちごの実、
おもひでがあまりに多い。

―種田山頭火― 『其中日記』より

2020年8月24日月曜日

びわの木のえだと、 青い実のなかで、 小鳥と、 びわと



――もういいの。
――まあだだよ。
びわの木のえだと、
青い実のなかで、
小鳥と、
びわと。

―金子みすず― 『もういいの』より

2020年8月23日日曜日

しょってゐるのはみな野葡萄の実にちがひありません



夕方です。
向ふの山は群青のごくおとなしい海鼠のやうによこになり、
耕平はせなかいっぱい荷物をしょって、
遠くの遠くのあくびのあたりの野原から、
だんだん帰って参ります。
しょってゐるのはみな野葡萄の実にちがひありません。
参ります、参ります。
日暮れの草をどしゃどしゃふんで、
もうすぐそこに来てゐます。
やって来ました。
お早う、お早う。

―宮沢賢治― 小説『葡萄水』より

2020年8月17日月曜日

八海山と駒ヶ岳に奥会津に近い中ヶ岳が三角の顔をだして、 山の涼しさを語っている



破間川と魚野川の合流点の、
秋草に満ちた広い河原から南東を眺めた山々のただずまいはほんとうに美しく荘厳である。
八海山と駒ヶ岳に奥会津に近い中ヶ岳が三角の顔をだして、
山の涼しさを語っている。
銀山平や、
六十里越、
八十里越あたりの連山に眼を移せば、
旅にいて、
さらに旅心を唆そそられるのだ。

―佐藤垢石―