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2020年12月5日土曜日

When one door closes, another opens

 



When one door closes, 
another opens; 
but we often look so long and so regretfully upon the closed door that we do not see the one which has opened for us.

―Alexander Graham Bell―

ひとつのドアが閉まると、別のドアが開く。

2020年11月22日日曜日

We must protect the forests


We must protect the forests for our children, 
grandchildren and children yet to be born.
We must protect the forests for those who can't speak for themselves such as the birds,
animals,
fish and trees.

―Nuxalk Nation―

2020年11月21日土曜日

In the presence of eternity, the mountains are as transient as the clouds



In the presence of eternity, 
the mountains are as transient as the clouds.

―Robert Green Ingersoll―

永久の時間の中では、山は雲のように一時的なものだ。

2020年11月6日金曜日

初終駒ヶ岳の白皚々たる残雪を有している雄姿を仰いで、 すこぶる壮快の感じがする



橡尾又温泉から佐梨川の支流の橋を渡ると、
一方登りとなって二里十七町で枝折峠の嶺上に達する、
その間には初終駒ヶ岳の白皚々たる残雪を有している雄姿を仰いで、
すこぶる壮快の感じがする

―高頭仁兵衛― 『平ヶ岳登攀記』より

2020年11月5日木曜日

雪を帯びた越後の駒ヶ岳が全容を露し、 平ヶ岳の上には中ノ岳の円錐頂が認められた



燧岳と平ヶ岳との間には、
雪を帯びた越後の駒ヶ岳が全容を露し、
平ヶ岳の上には中ノ岳の円錐頂が認められた。
いつも三日月形の大残雪が残る平ヶ岳の東南面には、
夥しく白いものが見える。

―木暮理太郎― 『秋の鬼怒沼』より

2020年8月5日水曜日

ぼくは目をすっと瞑り、少しの間、気持ちを落ち着かせた。 棘を作るように、 高く荒れていた気持ちの波が、 ゆっくりと平らかになってくる



「明日死ぬとしたら、生き方が変わるんですか?」 
文字だから想像するほかないけれど、
苗場さんの口調は丁寧だったに違いない。
「あなたの今の生き方は、どれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」
ぼくは目をすっと瞑り、少しの間、気持ちを落ち着かせた。
棘を作るように、
高く荒れていた気持ちの波が、
ゆっくりと平らかになってくる。
それから、
対談の最後、
苗場さんが発言した、
「できることをやるしかないですから」 という言葉を反芻し、
こくりとうなずいていた。

―伊坂幸太郎― 小説『終末のフール』

2020年7月30日木曜日

庚神の祭神が猿田彦だというのは大いに当てにならないことで、 この祭神の正体が判明する時は、 古代日本の正体がよほど判明した時だ



庚神は猿田彦を祀ったものだという説もある。
宇治には北向庚神をはじめ七ツの庚神があるそうだ。
このことは鮓久の先々代のメモによって知ったのである。
しかし、庚神の祭神が猿田彦だというのは大いに当てにならないことで、
この祭神の正体が判明する時は、
古代日本の正体がよほど判明した時だ。

―坂口安吾― 小説『安吾・伊勢神宮にゆく』

2017年1月13日金曜日

越後駒ヶ岳のイラスト 山の神の日はなぜ12日なのか?

越後駒ヶ岳

こんにちは、魚沼工房のさとうです。
いやぁ、ガッツリ雪が降りましたね。
先週の雪見展のときは、積雪がほとんどなかったのですが、ここ1日~2日で1m超えの積雪。ビックリです。

今日のイラストは、黒禿の頭ルートから望む「越後駒ヶ岳」です。
黒禿の頭ルートって……すごい名前ですよね。
黒禿の頭は魚沼市の旧小出町にある772mの山です。

さて、昨日は山の神の日でしたね。
12月12日も山の神の日ですが、1月12日も山の神の日。

山の神に関する記事はこちら。

12月12日は、山の神の日
大山祇神の元に送り返された磐長姫はどうしたのでしょうか?


その土地土地により、山の神の日が違っているようですね。

ただ「12日」という日にちがキーになっています。
なぜ、山の神の日は12日なのか?
「12」という数字にどのような意味があるのか?

じつは、昨日の記事で上田銀山について書いたのですが、銀山の採鉱がスタートした後、
採掘場付近に十二山神社が設けられたそうです。

ちなみに、樹海ラインから銀山に向かう途中、上折立付近にある十二山神社には、坑道で事故にあった方々の供養塔があるそうです。

この、十二山神社(もしくは、十二神社)は全国各地に存在しているようですが(600余)
そのうちの70%が新潟県に存在しているということです。
ちなみに、新潟県は日本で一番、神社の数が多い県です。

新潟県でもとくに、魚沼地方に十二山神社は多く存在していると言います。
近世になって合併などで名前は変わったけれど、元は十二山神社だったという神社もあるそうです。
明神社、権現社、諏訪神社に合祀されたようですね。

十二山神社は「山」の文字がつくことからもわかるように、山の神を祀っています。
十二山神社が存在する場所も、山の麓がほとんどです。

ではなぜ、十二という数字がでてくるのか?

岩手県九戸郡山形村には「山の神は女性で、一年に十二の子を産む」という伝承が残っています。
この、子どもを産む日が毎月12日と決まっているといいます。

山の神が出産する日が「12日」であるため、狩猟をおこなうマタギの人たちは
12日を山の神の日として、信奉し入山を禁止していたそうです。

12月12日は、一年のうちの「しまいの山の日」。
 1月12日は、一年のうちの「はじまりの山の日」として、山の神の日のなかでも、神聖な日なのです。
山小屋などで十二人が座すのはよくないとして、木の人形を作って山中の祠に置いておくという風習もあるようですよ。

1月12日は、山の神に12個の餅を備えるそうです。
ただし、おさがりの餅を女性は食べてはいけないと言います。
子どもが授からなかったり、不作になったりするからだそうです。
その日(12日)以外に、食べると多産や豊作に恵まれるそうですよ♪

しかしなぜ「12」という数字が神聖な日とされたのでしょうか?

一年十二カ月、十二支、十二神将……。

魚沼地方で十二山神社が多い理由としては、八海山と八海山を訪れた修験者が関係しているようですよ。
山の神の日が12日というのも、修験者に関係があるようです。

長くなったので、今日はここまで(話を引っ張るよぉ~♪)続きは後日。