ラベル ねぶた の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル ねぶた の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2018年6月24日日曜日

青森ねぶた祭 囃子とハネトのイラスト

青森ねぶた祭 囃子とハネト

青森ねぶた祭 囃子とハネトのイラストです。

2018年6月22日金曜日

青森ねぶた祭 ハネトのイラスト

青森ねぶた祭

青森ねぶた祭ハネトのイラストです。

2018年6月20日水曜日

青森ねぶた祭 ハネトのイラスト


青森ねぶた祭

今日も、青森ねぶた祭のハネトイラストです。

昭和終わりの頃のスケッチとなりますが、とよじい、かなりの枚数がんばって描いたようです。

2018年6月13日水曜日

青森ねぶた祭 ハネトのイラスト

青森ねぶた祭
とよじいが描いた、青森ねぶた祭ハネトのイラストが大量にあるので(笑)
随時アップしていきたいと思います。

2018年6月12日火曜日

青森ねぶた祭 ハネトのイラスト

青森ねぶた祭
昭和の時代。とよじいのスケッチ旅行から。
青森ねぶた祭ハネトのイラストです。

2018年6月10日日曜日

ねぶたの由来は「眠り流し」ではない? ねぶた祭イラスト

ねぶた祭
今日のイラストは青森ねぶた祭の「ねぶた」です。

ねぶたというのは、練り物の「灯籠」(山車)のことですが、青森のねぶた祭の由来については「青森ねぶた祭オフィシャルサイト」の「知る」「ねぶたの由来」に次のように書かれています。

青森ねぶた祭は、七夕祭りの灯籠流しの変形であろうといわれていますが、その起源は定かではありません。
奈良時代(710年~794年)に中国から渡来した「七夕祭」と、古来から津軽にあった習俗と精霊送り、人形、虫送り等の行事が一体化して、紙と竹、ローソクが普及されると灯籠となり、それが変化して人形、扇ねぶたになったと考えられています。

七夕祭では、7月7日の夜に穢れ(けがれ)を川や海に流す、禊(みぞぎ)の行事として灯籠を流していたそうです。

それが「ねぶた流し」と呼ばれ、現在の青森ねぶたの海上運行に表れているとのこと。

ねぶたは、禊ぎ払えの祭なのですね。

「ねぶた(ねぷた・ねふた)」というのは

・東北地方や信越地方⇒「ネンブリ流し」
・関東地方⇒「ネブチ流し・ネボケ流し・ネムッタ流し」

などの方言で「ねむりながし」の眠りが「ねぶた」になまって変化したと言います。


●眠り流しとは?



「眠り流し」というのは、睡魔を払う行事で、七夕のとき水浴をしたり形代 (かたしろ) などを模型船や灯籠・笹竹などにのせて川・海に送り流したりするものです。

秋田県横手市では、8月6日に木と稲わらで作った小舟が町内を練り歩き、崎川原にくり流す「ねむり流し」という祭が行われています。

睡魔を払うということは、庚申信仰にも関係しているのかもしれません。

庚申の日、人が眠った後、体内にいる虫が閻魔大王に報告に行くのを止めるという言い伝えです。

庚申講について⇒米山講について 米山の石仏イラスト


●柳田国男が紹介する、ねぶたの由来



ねぶた祭の由来は「眠り流し」にあるとのことですが、それが正解というわけではなく、ねぶたの由来、言葉の意味は別にあるとも言われています。

明治時代、柳田国男がその著書の中で、各地の「眠り流し」を紹介し、その中に青森「ねぶた祭」も描かれていたことから、青森のねぶた祭は「眠り流し」の祭りであるという説が広まりました。

ただし、柳田は青森の「ねぶた」が「眠り流し」由来ではないとする説を唱える人もいることも記しています。

青森県のネブタの研究者としては、棟方悌二氏が最も著名であった。
この人の意見は日本風俗志にも出ていて、十分に穏健なるものであったが、なおこの一語の意味を明らかにし得なかったために、今に至るまで地方の通説を、覆すことに成功していない。
最も人望の多い通説は、田村将軍がこのネブタを催して、山に隠れている蝦夷の賊を誘い出し、退治をしたのに始まるというもの、次には同じ策略を以て引捉えた夷民を選別して凶猛なる者は対岸へ放流し、忠順なる者のみを止住せしめた。


棟方悌二氏は弘前中学校で教鞭をとられた方で、郷土史を研究され、陸奥史談会を創設。著書に「弘前教育史(藩政時代)」などがあります。

田村将軍というのは、坂上田村麻呂 のことですが、蝦夷討伐の任務の際、敵を油断させるために、笛太鼓、灯籠ではやしたてたことが、ねぶた祭の由来であるという説です。

余談ですが、蝦夷、阿弖流為(あてるい)は、弥彦神社(にゆかりがありそうな)、魚沼神社の御祭神である阿彦と通じるものがあります。⇒弥彦神社の某神社の祭神とは?
祭り(祀る)ことで、慰霊。でしょうかね。

話を、柳田国男の「眠り流し」に戻しますね。

一方にネブタは蕃語(ばんご)ならんという説があって、これがまた近頃まで続いていた。

蕃語(ばんご)というのは、えびす。また異国の言葉とのことで、えびすは蝦夷(えみし)となります。


●柳田国男の言い分



柳田は青森の「ねぶた」が「眠り流し」由来ではないとする説について記したのち、次のようなことを言っています。

これらの諸説の優劣を決するのは、少なくとも私の任務ではない。
私はただ現在のいわゆる郷土研究が、もしわが郷土を視て他を省みなかったならば、結果は概ねかくの如くなるであろうということを、例示するだけの小事業を以て、満足しようとしているのである。

いろいろな説があるけれど、どれが正しいのか決めるのは、私の役割ではない。
でも、他の(日本各地)の「眠り流し」の事例をみてごらん。
青森の「ねぶた」も他地域の「眠り流し」と同じようだよ。
それを知らずに郷土の研究だけをして、持論を唱えているんじゃだめだよ……
そんな風に、戸皮肉っぽく書いています。

けれど、郷土の歴史は郷土にいなければわからないことがあります。

多きものに同調して、諸々が上書きされるということはよくあること。

以前、大同2年(807年)に坂上田村麻呂が建てたとされている寺社が各地に存在していると書きました。⇒浦佐毘沙門堂裸押合い祭「年男」と毘沙門天像の関係

蝦夷征伐の際、坂上田村麻呂が立ち寄った各地で寺社が同じ年に建立されていますが、同年に建てられるというのも奇妙な話です。

民俗学の創始者である柳田国男が「ねぶた=眠り流し」案を呈しているわけですから、眠り流し説が主となるのも無理もないでしょう。

とはいえ、柳田説も「諸説」のうちの一つであり「諸説の優劣を決するのは、少なくとも私の任務ではない」と彼自身が言うように「ねぶた=眠り流し」が正しいかどうかは決められないわけです。

ねぶたの由来。もう少し追っていきたいと思います。

2017年1月2日月曜日

ねぶた祭りのイラスト パート2

今日のイラストは「ねぶた祭り」パート2です。
こちらは、油絵となります。

油絵を写真に撮ってポストカードにしたものをスキャンしているので、
色味など実物と違ってくると思います。



2016年12月30日金曜日

ねぶた祭りのイラスト

こんにちは!
年末ですねぇ。
一年があっという間に過ぎていきます。
年でしょうか?

年末でブログを書くの時間がとれないので(涙)。
とよじいのイラストアップでご勘弁を。

今日は、ねぶた祭りのイラスト2枚です。
とよじい、青森に友だちと一緒にねぶた祭りを見に行ったようですよ。
羨ましい!







2016年12月2日金曜日

日本の山鉾屋台がユネスコ無形文化財登録! 青森ねぶた祭ハネトのイラスト

ねぶたハネト


日本の「山・鉾(ほこ)・屋台行事」が、ユネスコの無形文化財に登録されましたね。

でも、イラストは青森ねぶた祭りのハネト(跳人)です(^_^;)すみません。


「角館祭りのやま行事」秋田県、「博多祇園山笠行事」福岡市など、東北から九州までの33行事。

これまで(2016年11月)日本国内では22件がユネスコの無形文化遺産として登録されていましたが、今回の登録を加えて21件になりました。


「山・鉾(ほこ)・屋台行事」が新しく登録されたのに、日本国内の無形文化財の登録数が減っている!?


2009年に京都祇園祭の山鉾行事と日立風流物(茨城)が登録されていたのですが、この2件を今回登録された31のお祭りにプラスして、33件の「山・鉾・屋台行事」を1つのグループにして登録を行ったのです。

22件の登録から京都祇園祭と日立風流物の2件をマイナスして20件。
そこに「山・鉾・屋台行事」を加えて、国内の無形文化遺産の登録数21件となったわけです。

33件のお祭りが始まった所以はそれぞれのようですが、飢饉や疫病がキーワードのように思いました。


そういえば、京都に旅行に行ったとき、タクシーの運転手さんが
「京都は盆地で夏暑いからね。昔は暑さで子どもが大勢亡くなったんだよ。その鎮魂のいみもあるんだよね、京都祇園祭り」
と、教えてくださいました。


日本って、普段の生活の中にお祭りや神様がなにげに寄り添っている感じ。
不思議国日本の良さでしょうか。

登山で山のことを調べていると、麓宮や奥宮として神社や神様が出てきます。
八百万神さまがいるわけですからねぇ。

そうそう!
21件の無形文化遺産登録に、小千谷縮・越後上布が入っていました♪
新潟にも、良い物がたくさんありますね。

小千谷といえば、お雛様のときに飾られる絵紙も素敵ですよね。
絵紙は、反物を江戸に売りに行った商人が、おみやげとして江戸の浮世絵を購入したものを、
屏風などに張り付け、ひなまつりに飾っていたのだそうです。

毎年、小千谷で展示されています。
枚数が多く、壁一面に錦絵が飾られる様子は圧巻ですよ。

ハネトの衣装やねぶた、ねぷたの山車、今回ユネスコの無形文化財に登録された「山・鉾(ほこ)・屋台行事」もそうですし、浮世絵も色鮮やかですよね。

「色使い」に関する時代遍歴もあるのでしょうね。

スポンサードリンク