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2016年11月25日金曜日

2017年カレンダー 10月 中ノ岳のイラスト

2017年10月カレンダー中ノ岳




2017年10月のカレンダーは、日本二百名山のひとつ、南魚沼市にある「中ノ岳」(2085m)。越後駒ヶ岳八海山とならび、越後三山として親しまれている山です。
越後三山の中で中ノ岳が一番背が高いですね。ノッポさん。

豪雪地帯に位置しているため、夏でも雪渓が残り、絶壁もありで、登るのにちょっと難しい山と言われています。

ところで、山の紹介をするとき「日本百名山」や「日本二百名山」という呼称が頻繁に登場しますが……。


日本百名山って、誰が選んだの!?
 

という疑問が浮かんだので調べてみました。

先生! 先生教えてください!
wiki先生の登場です!


『日本百名山』(にほんひゃくめいざん)は、深田久弥の最も著名な山岳随筆である。初刊は1964年7月に新潮社から出版され、第16回読売文学賞(評論・伝記賞)を受賞した作品である。

小説家・深田久弥は石川県に生まれ、68歳のとき山梨県の茅ヶ岳に登山中、脳卒中のため急逝しました。
1959(昭和34)年から1963(昭和38年)にかけて、山岳雑誌で「日本百名山」の連載をはじめ、1964(昭和39年)に「日本百名山」を出版。

家庭面では、奥様や初恋の女性とのロマンスやイロイロあって、なかなかヘビーであったようです。

波乱万丈。まさに山あり谷ありな人生ではないかと。

話しを、中ノ岳に戻します。

中ノ岳は「日本二百名山」のひとつですが、「日本二百名山」は深田久弥が選んだ「日本百名山」に100の山をプラスして、200にしたもの──。


日本百名山プラス100の山は、誰が選んだの!?


となりますよね。

それは!

深田久弥の意志を継いだ「深田クラブ」が、クラブ創立10周年を記念して1984年(昭和59年)に選定したそうです。

深田倶楽部は1974(昭和49)年に設立され、この時の規約に
「先々の百名山踏破者の会員のために「追加の百名山」の選定」
が掲げられていました。

深田久弥が百名山を選ぶ際「泣く泣く落とした後書きの山41座」を優先し、プラス100山を選び、日本二百名山としたのです。

詳しくは
【ファンクラブから始まった「深田クラブ」そして「二百名山」誕生の背景】
をご覧ください♪

2017年カレンダーは、A4サイズにプリントアウトして使用できます。 
フリー画像です。どんどん使ってくださいね(*^_^*)

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