2020年11月9日月曜日

奥ノ院の小祠は東岳と西岳との間の鞍部で


竜頭山というのは、
竜頭大明神が祭ってある為の名であるが、
尾ノ内に里宮があり、
奥ノ院の小祠は東岳と西岳との間の鞍部で、
五万の図でいえば、
東北麓の尾ノ内沢の源頭に当る尾根に、
千五百六十米の小圏で現された小隆起の西側に安置され、
尾ノ内沢に沿うて急峻な賽路が通じている。

―木暮理太郎― 『奥秩父』より

2020年11月7日土曜日

山の粉雪も黄色にそめ 春のさかりに紅葉もさかせ



庵寺の屁つこき坊主はの
山の粉雪も黄色にそめ
春のさかりに紅葉もさかせ
おないぶつに尻向けて罰当りとは面妖な
仏様も金びかりなら
目出度い 目出度い

―坂口安吾― 『閑山』より

2020年11月6日金曜日

初終駒ヶ岳の白皚々たる残雪を有している雄姿を仰いで、 すこぶる壮快の感じがする



橡尾又温泉から佐梨川の支流の橋を渡ると、
一方登りとなって二里十七町で枝折峠の嶺上に達する、
その間には初終駒ヶ岳の白皚々たる残雪を有している雄姿を仰いで、
すこぶる壮快の感じがする

―高頭仁兵衛― 『平ヶ岳登攀記』より

2020年11月5日木曜日

雪を帯びた越後の駒ヶ岳が全容を露し、 平ヶ岳の上には中ノ岳の円錐頂が認められた



燧岳と平ヶ岳との間には、
雪を帯びた越後の駒ヶ岳が全容を露し、
平ヶ岳の上には中ノ岳の円錐頂が認められた。
いつも三日月形の大残雪が残る平ヶ岳の東南面には、
夥しく白いものが見える。

―木暮理太郎― 『秋の鬼怒沼』より

2020年10月12日月曜日

もと七倉岳は、この山の北少し東に在る山で、北葛岳・乗鞍岳等の別名があった



最低の鞍部は針ノ木峠と北南に相対する不動堀沢岳
(近時の大町の案内や人夫は之を七倉岳と呼んでいるようであるが、もと七倉岳は、この山の北少し東に在る山で、北葛岳・乗鞍岳等の別名があった)
の西にあるくびれ目で、
二千百八十米であるから、
立山山脈の南半とは、
最高に於て少しく劣り、
最低に於て少しく優っているが、
二千六百米以上の平均高度を有する事は互に同じである。

―木暮理太郎― 『黒部峡谷』より

2020年10月11日日曜日

蓮華にいたる後立連峰を前後に見て、 とても他では求められぬ雄大な眺望でした



特に赤牛岳往復は三ツ岳、
五郎岳と薬師岳を両側に見、
黒岳から遠く槍、
穂高連峰―東鎌―笠ヶ岳等と五色ヶ原より立山連峰、
白馬から針ノ木、
蓮華にいたる後立連峰を前後に見て、
とても他では求められぬ雄大な眺望でした。

―加藤文太郎― 『単独行』より

2020年10月10日土曜日

はあはあ息だけついてごまかしながらいつまでもいつまでもそのぶなの木を見上げて立ってゐるのでした




風がどうと吹いてぶなの葉がチラチラ光るときなどは虔十はもううれしくてうれしくてひとりでに笑へて仕方ないのを、
無理やり大きく口をあき、
はあはあ息だけついてごまかしながらいつまでもいつまでもそのぶなの木を見上げて立ってゐるのでした。

―宮沢賢治― 『虔十公園林』より

2020年9月22日火曜日

わたくしは中門前の池の傍を通つて、 二月堂への細い樹間の道を伝ひながら、 古昔の精神的事業を思つた



わたくしは中門前の池の傍を通つて、
二月堂への細い樹間の道を伝ひながら、
古昔の精神的事業を思つた。
さうしてそれがどう開展したかを考へた。

―和辻哲郎― 『月夜の東大寺南大門』より

2020年9月21日月曜日

白い芽の痕が多く上に出たものを勝ちとして種子のとりつこをするのである



木の実どちといふのは国の遊びで、
椿の種子のあるきめられた形のもののうちからいくつかを択んでめいめいが同じ数だけ出しあひ、
それをいつしよにしてひとりづつかはるがはる両手のなかでふつてから畳のうへにあけてみて、
白い芽の痕が多く上に出たものを勝ちとして種子のとりつこをするのである。

―中勘助― 『銀の匙』より

2020年9月20日日曜日

越後側に聳える兎岳、越後沢山、八海山、越後駒ヶ岳などを合わせた山々は、標高僅かに七、八千尺に過ぎないけれど、人里遠いことにおいては日本一である



越後側に聳える兎岳、
越後沢山、
八海山、
越後駒ヶ岳などを合わせた山々は、
標高僅かに七、八千尺に過ぎないけれど、
人里遠いことにおいては日本一である。
その山々から滴りでて、
深い渓の底の落葉を潜り、
陽の眼を見ないで奔下する水であるから、
真夏になってからでも、
朝夕は身に沁みる冷たさを覚えるのは、
当たり前であろう。

―佐藤垢石― 『利根の尺鮎』より

 

2020年9月19日土曜日

何の花ぞと問ふと大理牙(ダリヤです)と答へたるをそのまゝ花の名としたのだと



白井博士教示に天保十三年初めて輸入され、
初めは蘭名ラノンケルで通用したが、
葉花共にやや牡丹に近いゆゑ天竺牡丹と俗称したと、
舶上花譜に出づと。
今年紀元節号「日本及日本人」に、
山内嵒氏いはく、
雲南の大理府はこの草の原産地で、
外国人はじめてこの花を広東で見た時、
何の花ぞと問ふと大理牙(ダリヤです)と答へたるをそのまゝ花の名としたのだと。

―南方熊楠― 『きのふけふの草花』より

2020年9月18日金曜日

小鳥の眼のやうな、 つぶらな赤い実が揺れ、 厚ぼつたい葉が揺れ、 茎が揺れ、 そしてまた私の心が微かに揺れてゐる……



小鳥の眼のやうな、
つぶらな赤い実が揺れ、
厚ぼつたい葉が揺れ、
茎が揺れ、
そしてまた私の心が微かに揺れてゐる……

―薄田泣菫― 『まんりやう』より