2017年1月5日木曜日

学問の神様「菅原道真」と「綾子舞」の関係



こんにちは。
お休みは今日まで明日から学校~。という人も多いかな?
宿題終わりましたか? 受験シーズンでもありますね。
なにかに打ち込むっていいですよね。うん、本当に。

変な前置きで、すみません。

今日のイラストは、柏崎市に伝わる伝統芸能「綾子舞」です。

上杉房能の奥方、綾子によって伝えられたといわれている踊りです。

房能は上杉謙信の父である、長尾為景に討たれました。上杉さんちと長尾さんちは、お家騒動というか、身内で争っていた時期があります。
房能は上杉謙信のおじいちゃん長尾能景の「能」の字を名前にもらったわけですが、上杉謙信のお父さん長尾能景は、房能の子ども(養子)定実を味方につけ、房能に反旗を翻します。

追いつめられた房能は、松之山の天水越で自害し、その弔い塚が存在しています。

綾子舞の伝承説には、菅原道真が巫女の文子に憑依し「北野の地に我をまつれ」という託宣があり、その舞を武士、北国武太夫が伝えたという一説もあります。

房能の奥方「綾子」も都から来た白拍子であったようです。

京の都から佐渡に至る、糸魚川・柏崎・佐渡というルートが存在していて、その地点地点に都の文化がもたらされているようです。

香川県まんのう町にも「綾子踊」というものが伝承されているそうです。こちらは、雨乞いの踊り。
女性が舞うのではなく、男性が女装して舞を奉納するといいます。

綾子踊には関係していませんが、888年に菅原道真が城山神社に籠り雨乞いの祈祷をしていますよ。

柏崎の綾子舞は高原田と下野と2つの座元があります。とよじいのイラストは下野の綾子舞かな、衣装を見ると。
高原田の衣装は、まんのう町の綾子踊の衣装と似ているところがあるような気がします。
高原田の「小切子踊」は、道真が九州に左遷される前、都七条坊門の娘「文」が夢のお告げにより、三条大橋のたもとで道真を見送って踊った踊りだそうです。

綾子と道真が関係しているのかなぁ、と調べてみたところ、道真の乳母が文子(あやこ)さんでした。
多治比文子が道真を祀ったことが始まりの「文子天満宮」が京都にありました。
文子さんは、乳母ではなく巫女という説もあるようですね。

全国各地で「天神様」として菅原道真が祀られていますが、舞の伝承と共に広まっていったのかもしれませんね。


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